| 31765 | 返信 | Re:当然の判決および・・・:東くだり | URL | 渡辺 | 2004/12/29 01:12 | |
| そよか姫:> > 16歳で「行幸」して江戸城を東京城とし、明治2年(1869)3月7日、17歳で再び行かれて「皇居」としたようですね。 > http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1132968 ご参考のため、横返書をお送りつかまつる。 -- 書状 -- 「東下り」については、佐々木克(ささき・すぐる)『江戸が東京になった日』(講談社選書メチエ、2001年)に、わりかし詳しく書かれていますのでご参考までに。 ご紹介の url では、首都を京都と江戸のどちらにするか議論があったとの記述がありますが、京都ではなく難波(なにわ)みたいです。 この本に興味をもって衝動買いしたのは、江戸を東京として遷都したことが、幕末の佐藤信淵の説に関係があるのか調べていたからです。佐藤信淵は、江戸を東京、難波を西京と改称し、東京に遷都すべきと著書に書いています。北京と南京は中国にありますが、中国征服の暁には天皇が南京へ行くべきだというようなことも書いておりました。琉球、台湾の併合はもとより、中国は満州から侵略すべきことなど、佐藤信淵の説によく似たことが実際に行われてしまいました。 ちなみに、『江戸が東京になった日』の内容は、東京遷都の思想の源流にまで溯ったものではありません。 -- 書状終わり -- 以上でござる。 |
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