| 31842 | 返信 | Re:差別表現とは何か | URL | JUNE | 2005/01/02 23:01 | |
| ユーリのパパさん(&みなさま)、あけましておめでとうございます。 >完全に誤読していますよ。わたしは具体的な水原氏の発言ではなく、差別表現に関する一般的な主張についての理解を問題にしているのです。 うっ? あれは、単にそういうこと? 私が読み違えただけだということでしょうか ・・・・ 。ちょっと、話が(というより私のアタマが? ^^;)混乱してしまったので、あらためて整理させてくださいませ。 ユーリのパパさんは #31523 でこう書かれてましたよね。 >(1)話し手は、聞き手に対する侮蔑を表現する文の中で、聞き手にx(「精神障害予備軍」、等々)というレッテルを貼ることにより、xの指示対象(外延)、つまりそのカテゴリー全般も同時に侮蔑している。 >(2)これは、xの意味(内包)にまったく言及しなくても成立する。つまり、xにどんな語を代入しても、話し手が聞き手と同時にxを侮蔑する文が構成される。 この(1)の 「【話し手は】、〜レッテルを貼ることにより、〜侮蔑【している】」 という言い方は、「ある特定の(具体的な)文」についての解説(解釈)のように私には読めてしまったのです。だとすれば、話の流れからして、当然それは水原さんの例の発言を想定してのものなのだろう ・・・・ と思えてしまったわけで。 そうではなくて、ユーリのパパさんが(1)で言わんとしていたことは、こういう意味だと理解すればよいということでしょうか。 (1)’ 話し手が、相手に対する侮蔑を表現する文の中で、相手にx(「精神障害予備軍」、等々)というレッテルを貼ったとすれば、xの指示対象(外延)、つまりそのカテゴリー全般も同時に侮蔑していることになる。 別の言い方で言いかえると、 (1)’’ 話し手が、相手を侮蔑する意図で「x」(カテゴリー名)と言ったのなら、話し手は相手のみならず「x」をも侮蔑していることを示している。 そういうことなら、あらためて言うまでもなく(既に#31350で表明したとおり)私も充分理解はしています。(だとすれば)誤解して余計なことを書いてしまったようで、すみませんでした。 でも、そうだとすると ・・・・・・・ なんのために、わざわざすでに合意済みのことをあそこ(#31523のあの文脈)であらためて持ち出す必要があったのかがわからなく ・・・・・・ というか、それだとその後の文章とのつながりもよくわからなくなってしまうし ・・・・・ う〜〜ん。とにかく、あの投稿全体を通してユーリのパパさん言わんとしてる主題をきちんと理解すべく、もう一度 ・・・・・ といわず何回も(大汗)、読みなおしてみることにします。 > これまでの対話で、差別表現についての考え方はほとんど一致していることが確認できたと思います。 > わたしの主張のポイントは次の2点です。 > > (1)話し手は、聞き手に対する侮蔑を表現する文の中で、聞き手にx(「精神障害予備軍」、等々)というレッテルを貼ることにより、xの指示対象(外延)、つまりそのカテゴリー全般も同時に侮蔑している。 > (2)これは、xの意味(内包)にまったく言及しなくても成立する。つまり、xにどんな語を代入しても、話し手が聞き手と同時にxを侮蔑する文が構成される。 > > これは完全に理解していただけたと思います。こんな簡単なことが理解できない人が多いのが不思議でたまりません。だから問題の発言が差別発言であると判断する上でまったく不要な「精神障害とは何か」などという議論をしたがる人が出てくるんですね。 > > > どっちにしても、やっぱり私の「言語感覚、経験則 etc」からでは、あの文脈から発話者の意図を断定するのはどうしても無理のようです。 > > 問題の発言では「憐憫を禁じ得ませんな」というやや婉曲な言い回しが使われているので、侮蔑以外の解釈を許す可能性が(ごくわずかながら)あります。だから、最終的には文脈から解釈を確定しなければなりません。 > 前に「太っていることに対して憐憫を禁じ得ません」という文を例として挙げました。問題の発言は、この文とまったく同じ形式をしている上に、発話の状況も類似しています(親しい間柄の気安い冗談などではない)。ですから、明らかに侮蔑表現です。 > さらに、八木沢氏の投稿31094で明らかにされているように、話し手は問題の発言の直前に「憐憫」は「いよいよもって下位に見ている」「蔑視の要素が強まります」と明言しています。つまり自ら「蔑視」以外の解釈を排除しているわけですから、侮蔑表現であることが、完全に確定します。 > 自分が使う重要な語の概念をあらかじめきちんと規定するのはまことに誠実な態度で、わたしも大いに見習いたいものです。 > > というわけで、問題の発言が精神障害者に対する差別発言であることは、既に完全に論証されています。わたし以前にTarararara氏や八木沢氏が論証済みです。と言うか、そもそもこの発言が差別発言であると判断するのに、くだくだしい論証など必要ありません。普通の人が、文脈から、常識に基づいて、誰でも差別発言と判断できます。 > こんなことで「論争」が起きること自体がおかしいのです。この発言者が近来まれに見るほど幼稚で恥知らずで、倫理的な誠実さのかけらもなく、山本七平ばりの詭弁が大得意という人物で、少なからぬ人がだまされているだけです。本多勝一の言うとおり、日本人には「論理と倫理に弱い」人が多い、ということでしょうね。 うう〜〜〜ん。 どうにも、私には、「差別表現とはなにか?」についての一般論を述べているというよりも、「x の中身は関係ない。あれは差別発言に決まってる!」といわんとする投稿であるように読めてしまって仕方がなくて ・・・・・・・ いや、こんなことでモメてもしょーがないし ・・・・ もう水原さんの発言の解釈をめぐる話は堂々めぐりになるだけだから、やめませう。 タイトルどおりの一般論の部分に絞ってレスします。 侮蔑と、差別と、「x 」の中身の関係について。 「x にどんな語を代入しても、話し手が聞き手と同時にxを【侮蔑】する文が構成される」 はわかるけど、 「x にどんな語を代入しても、話し手が聞き手と同時にxを【差別】する文が構成される」 とは言えていない。 #31145で、ユーリのパパさんが自ら↓以下のように補足しているように >ただし、これがすべての場合に「差別」を意味するとは限らないことに注意しましょう。 これって、つまり、「x 」(カテゴリー名)の内容次第でその発言が差別であるかどうかは変わるってことなわけだから、それが「差別」(侮蔑ではなく)であるかどうかを判断するためには、「x 」というカテゴリー名の指し示す意味内容(たとえば「精神障害とは何か」)について考えることは不要であるどころか、不可欠だってことになるのでは ・・・・・・ もっと具体的に言うと、 >社会的な弱者や差別されている(されがちな)人々の場合は、当然、差別となります。(#31791 ユーリのパパさん) 「x 」が「差別されている」カテゴリーであれば差別である ・・・・・・・ というのは、判断の根拠と結果がループしてるだけのように思えてしまうし、 「x」が「社会的弱者」のカテゴリーであれば差別である ・・・・・・・ というのも、私としてはちょっと同意しがたいところがあるのですが、仮にこれを「差別」と判断するための条件だとしましょうか。 そうすると、例えば、以下の発言が「差別」であるかどうかを判断するためには、 >「私はあなたを侮蔑します。あなたが精神障害(者)になりつつあることに対して」 「x 」=「精神障害(者)」 というカテゴリーに分類される者は、「社会的弱者」であるといえるのかどうかが問題になる。そのことを判断するためには、「精神障害」という言葉の意味をどういった範囲のものととらえるのかが問われてくる。統合失調症などの重度のいわゆる「精神病」に限定されるようなものを指すのか?、鬱病や神経症etc、日常生活に支障をきたさないレベルのものまで全部含めるのか? もしそれをうんと広い意味にとらえるのなら、誰でも多かれ少なかれ(あるいはそのときどきの状態によって)精神障害の要素を持っているということであって、「精神障害者」=「社会的弱者」だとは言えないことになる。(というか、それは個人個人の個別の状態次第で判断されるべきことなのであって、そもそも「そのカテゴリーに分類される」=「社会的弱者である」と区分けする発想からして私にはどうもしっくりこないわけなのですが ・・・・) 要するに、「x 」=「精神障害(者)」とはなにか? その言葉が(その文脈の中で)指し示している意味内容がはっきりわからなければ、その発言全体が「差別」であるかどうかはわからない。 というわけで、このスレッド(改題前)のそもそもの発端となった猫まんまさんの最初の投稿(#31056)の発言。 >「精神障害」という言葉そのものが差別語などという物でないのは当然ですし、文脈によって差別かどうか判断する、というのも当然だと思われますが。 > という訳で、「精神障害」についての議論であるはずなのに全然「精神障害」そのものはおいてきぼりではありませんか。なぜ「精神障害」の言葉におのおのが向かい合おうとはしないのでしょうか? というのは、そういう意味では的を射た指摘だったのではないかと、(今さらながら)私としては考えている次第なのでありました。 >この掲示板での議論はこれで完全に打ち切ります。 そうおっしゃらずに。なにかありましたら、またどうぞ。 >この後、「万物流転」に移動して議論を継続したい気持ちもありますが、理解してもらえないまま同じことの繰り返しになるのではないかという懸念も持っています。 私はそんなに頭よくないし、どうしても理解できないことがあったり、また誤解してしまうこともあるかもしれないし ・・・・ 懸念されるのも当然かとも思います。理解しようという自分なりの努力だけはしているつもりなのですけれども ・・・・・ 必ず結果がでるとは限らないのも事実なわけで(苦笑)。ほんと他者の思考を理解するってむずかしいことだと思う今日このごろです。「話せばわかる」と言える自信もないところがツライのですが、ユーリのパパさんの気が向くようでしたら、ぜひ、おいでくださいませ。 |
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