| 31863 | 返信 | Re:あけましておめでとうございます | URL | 武蔵の一住民 | 2005/01/03 12:49 | |
| > たとえ系図のうち2、3カ所、本当に「万世一系」であるかどうか疑わしいところはあるとは言え、その怪しげな部分も含めてフィクションとしてでも維持して来たことは無視できませんね。また「象徴天皇」という実態権力を持たない君主という存在自体がある意味フィクショナルなものですから、たとえフィクショナルな捏造(実は血がつながっていない箇所があるかも知れないとしても、「血がつながっている」と信じること)の継続性は、それだけで伝統として無視できません。 > > その意味で、万世一系の天皇制を否定しようとするのなら、その伝統としての価値を云々すること(「アウストラロピテクスからの…といった」発言)などやっていてはにっちもさっちも行かないわけで、そのものズバリ、「伝統だからと言って、そんな古いだけのものに意味があるのか否か」を現代の視点から論じるしかあり得ないのではないかと思います。伝統としては、確かに凄い長さを持ってるのですから。 こうした問題では、「嘘」であろうがなかろうが、社会に広く受け 入れられていることが重要なわけで、それを切り崩すというのは、 たいへんに困難というか、ほとんど無理だろうとは思います。 そこで、否定するとしたら、まあ確かに、現代的な視点というか 価値観で否定論を構築していくしかなかろうとは思うのですが、 近現代の日本社会において、「天皇制否定論」が幅広い支持を 得たことはなく、これは、幅広く支持されるような有効な否定論が 提示されなかったことにも起因するものでしょう(私自身も、素朴な 否定論を述べることしかできませんが…) ただ逆に、肯定論の側から説得力のある議論がなされたのかと いうと、そうでもないかと… 伝統とは、取捨選択・改変・創出しつつ継承・再生していくものだと いう私の考えからすると、天皇制がとにもかくにも現在まで続いて いるのは、「選択」されたからに他ならないのですが、どうもこれは、 積極的な選択というよりは、説得力のある否定論がないことと、 敗戦時の米国の方針に起因する、消極的な選択だったように 思われます。 だから今後、社会情勢が変われば、日本社会の風向きも劇的に 変わる可能性もあるとは思います。 ただそれが、否定論の方向にいくかというと、そうでもなく、 家制度や地域社会の変容により、象徴・憧憬としての天皇制を 再生・強化することになるのかもしれません。 現代は、年齢構成などの点で、これまでの人類が経験したこと のない社会に突入しつつあるので、従来の価値観がどのように 変容するのか、私ではちょっと予測のつかないところがあって、 何ともまあ難しい時代だなあ、と思います。 > ところで武蔵の一住民さんや火の鳥草さんは、一般参賀行かれたことありますか? 私はいわゆる首都圏に在住していますが、人込みが好きではないこともあって、 一度も行ったことがありません。 色々と考える契機になりそうですし、何かしら知見を得ることもありそうですが… うーん、漫談のようになってしまって、まとまりが悪くなってしまいましたなあ… |
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