31870 返信 Re:精神医学・医療と精神分析について URL 上海 2005/01/03 22:43
Baadさん 明けましておめでとうございます。

水原さん、Marisさん、ななさん 今年もよろしく。

元々、水原さんの名言「憐憫の情を禁じ得ません」から発展した、この話題ですが、正直、なんで自閉症までが引っ張り出されて来たのか、今となっては不思議で仕方が無い。

まあ、ななさんがチトやりすぎましたね。緊急の政治性を有する話題であれば相手をギャフンと言わせる必要もあるでしょうが、本論議のような話題では、そうでは無いと思うんですが・・・・・・

「ホレ、この場合はどうや? アンタのいう事はここで破綻してるぞ・・・」といった書き込みが議論を発散させた原因でしょうね。

> > > 自閉症に関する私の書き込みを批判し、データについての疑義を呈した上でご自身の意見をbaadさんは書かれていたわけですから、それに対して「原典に当たりたいのでしたら」と前置きをした上で、そのソースの参照、検索の仕方についてリンクまで貼って紹介したことを、「PubMedまでサーチさせて論拠を掲載するなんて、それこそ、権威主義も甚だしい」などと非難されるのは筋違いも「甚だしいと思われても仕方ないですよ。」

ここには結構拘りたいのですね。ROMも含め、皆が消化不良(どころかチンプンカンプン)の引用先を紹介するのは、「丸投げ」的な無責任な所業です。更には照会先の論文ですが金を払ってまで読む必要は無い類のものです。何故なら、文脈の中で必要不可欠のキーワードではないですから。


>
> 私自身はななさんが使われた「発症」という言葉が、先天的な障害といわれている自閉症に使われるのは納得がいかない、その用例を示して欲しい、という意味で質問いたしました。原典に当たる以前の問題としてななさんがご自分の書込に責任を持っておられるかと言うことに疑義を呈したのです。

僕も「発症」という表現には「えええーーーー!!」と面食らいましたが・・

最大の横道ベクトルであったのは、「精神分析批判」と「EBM」だったわけです。このテーマは、本来の本議論には本質的に関係しませんね。こういう暴走がなければ自閉症も同性愛も本筋には出てこないわけで(極言すれば 人格障害 のみに焦点を当てて議論はかなり深まった筈なんだよなあ・・・)。

> > > 示すべきソースは日本語論文ではないのですから、「日本語で判りやすい」は話が全くズレています。
示すべきソースは、わざわざ外国語原典の必要は全く無く、日本語で分かりやすく解説された多くのWeb記事で十分です。

> なにも最新の研究にあたらなければならないほどの難問ではないと思いますが。
ええ、極めて単純明快な内容です。


> > 精神分析、精神病一般の話しでしょう?水原さんの論じていた事は?彼の論点に間違いがあった事を例にとって、「自閉症」と「精神病」との捉えかたに、ごっちゃにされる恐れが多いという事がななさんの問題意識であったのではないですか?
> > 精神障害の分野では、養育履歴やトラウマなどは、重要な要素となる場合も多いですが・・・
>
> 私があえて自閉症について踏み込んで書いた原因もこのあたりにあります。
> 私の書き込みを読めば多くの方には類推はつくと思いますが、自閉症は私にとってはどちらかといえば"I don't want to talk abot it" のたぐいの話題です。ただ、立場上誤解されると困るのでそういう可能性の多い議論には介入せざるを得ないのです。

正直、僕にとっても敢えて話題にしたいとは思わない事柄です。
何故なら、自閉症の人と関りを持った経験が半年程度しかなく、Baadさんとは逆の意味で、無責任にしか対応できないからです。

ただ、新薬の開発の一端に関る仕事をしていた関係上、臨床治験の「いい加減サ」も知っているので、訴訟対策のデータ収集とも言える現行のEBMスキームには異を唱える必要がありますし、病理学的なDisorderの認識プロトコルに一石を投じた「精神分析」の流れを「非科学的」と安易に主張される「無責任さ」には苦言を呈するしかないわけです。


> > 翻って、自閉症の場合は、まず先天的であると断言してもよく、世間で親が教育法について指弾を受ける非合理性を正したいというのがななさんの考えではないのですか?
> > だから、明確に入り口で分けて論じないと、専門外の参加者が多い掲示板では、誤解を生じやすいと言っているんです。
>
> で自閉症の場合、先天的だから親が教育法について指弾を受けるのは非合理だ、というのは乳幼児期に既に発見されるような自閉症についてはある程度その通りだと思いますが(特に学童気までの多動・不注意などのADHD的症状について)、一方で、一部の高機能自閉症およびアスペルガー症候群に関しては二次障害があまりにも甚だしくなる場合は環境要因が大きいのは事実ですし、思春期においては不適当な保護者から当事者を隔離することが第一の改善策だったりすることもある。→ゆえに親の立場を第一に考えるのも問題が多い。

ご指摘の通りです。近親者が最も恐ろしい抑圧者となるケースが精神障害・病の場合よりも顕著に起こりうると理解しています。

だからこそ、「社会一般に蔓延する無理解」という曖昧な枠で、なんでもかんでも一括りにする事は、決してやってはアキマセン。

>
> などというややこしい事実もありますので、自閉症そのものとそれに伴う症状、自閉症を持っているが為に二次的に起こりやすい症状等を厳密に区別する必要は他の障害よりも大きいのではないかと思います。

で、Baadさんにしつこく聞いていたわけです。「言葉」を主体とした「コミュニケーション」の限界と、新たなトライアルの状況を。(これには いろいろ教えて頂き、感謝しています。まだまだ暗中模索の部分が多いようですね・・・・・)

そこで、悪乗りしてBaadさんにもう一つ質問。
多くの人は他人とのコミュニケーションを行う際、何らかの意思を発信する場合、相手から返ってくる反応を複数種類明確に予測しているそうです。(これは、脳が行う「省エネ」対策らしいです)。 で、意思のやり取りがこの範疇で行われる場合は「コミュニケーションが成立した」と考えられるわけですが、意思のやり取りが、予測の範囲を大きく外れている前提で成立するコミュニケーションのプロトコルや評価の研究は進んでいるのでしょうか?この2日間PubMedとか学会Webを探し回っていますが、全然見つからないのです。
(このあたりのノウハウを僕らレベルで活用できれば、現行の社会秩序の常識なんぞ、ひっくり返せるかもしれない・・・・)