| 31890 | 返信 | Re:あけましておめでとうございます(人類史についての雑談) | URL | inti-sol | 2005/01/04 23:51 | |
| 武蔵の一市民様 > > そうですね。生物集団というのは非常にアナログというか、ファジーというか、もともと境界線などというものはありません。それに対して、分類というのは、ここからここまでの集団はA種、ここまではB種、この種とこの種はA属、こっちはB属と、人間の都合で境界線を引く、いわばデジタル化するようなものです。どう引いたところで必ず矛盾が生じます。 > > そういうものだと割り切ったうえで、より整合性の高い枠組みを提示する > しかないのでしょう。 そうだと思います。まさに便宜的な「枠組み」です。 枠組みというのは、その中心部同士を見比べれば、違いは歴然としています。でも境界線附近というのは微妙です。 人間とチンパンジーを見て、見間違える人はいないけれど、もし今アウストラロピテクスが生きていたと仮定して、ぱっとそれを見せられたら、多分多くの人はヒトと思うよりは類人猿と思うでしょう。もちろん、ヒトと類人猿の境界線を垂直二足歩行をするか否かと定義するなら、アウストラロピテクスは間違いなくヒトなのですが、もしアウストラロピテクスを目前にしたら、多分多くの人が「ヒトの定義」に別の基準を持ちだしたくなるのではないかと思います。 > これはまあ直感にすぎないのですが、人類集団の長期にわたる多様性から > 推測すると、400〜300万年前頃の現代人の祖先は、未知の(そして将来も > 発見されるかどうか分からない)人類種なのではないかと思っています。 そうでしょう。発見される化石というのは、実際に生息していた個体数のおそらく数万分の一程度でしょうから、発見されないままの種などいくらでもあるでしょう。 古生物学というのは、骨(それも多くの場合は断片的なもの)というきわめて限られた情報と、現生の生物の姿や生態からの類推に基づいて、想像に想像を重ねてその生きていた姿や周囲の環境を復元する、またその進化の筋道を復元する、想像力の科学という気がします。 人類の起源については、例の「イブ仮説」以来、アフリカ単一起源説がかなり優勢ですけれど、ただ、インドネシアのジャワ原人→ソロ人→オーストラリア先住民の形態の変化が連続的である点が問題になるわけです。 素人考えですけれど、アフリカからやってきた現代人の祖先と、古株のジャワ原人などの間で交雑が起こった可能性は充分にあるのではないでしょうか。ジャワ原人が現代人と遺伝的にどの程度離れていたかはまったく分かりませんが、500万年ほど前に分岐したヒトとチンパンジーでさえ遺伝的な差はきわめて小さい。100万年前頃に分岐したと推定される現代人とジャワ原人の遺伝距離はもっとはるかに近いことは確かで、交配可能な程度の差しかなかったとしても不思議ではありません。 |
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