32018 返信 Re:精神医学・医療と精神分析について URL JUNE 2005/01/10 22:41
ななさん、はじめまして。
ちょっと、気になってしまったところがあるので、いくつか確認させてくださいませ。

>つまり、私の「同性愛は精神的な障害、病理ではない」という見方は、事実と合理的、科学的な知見によって支えられているのであって、ある特定の価値判断の修正や変更を求めそれを押し広げていくためには、ひとつひとつの事実、より合理的で客観的な真実、根拠を少しずつでも積み上げていくことがその王道であり、それ以外に近道はないだろうとも考えています。

「科学的な知見」が示せるものがあるとすれば、それは、ある事象(結果)とその生成課程(原因)の【因果関係】だけなのではないでしょうか?
そもそも、【ある事象それ自体】が「正常」なのか「異常(病気)」なのかを、「科学」や「事実」が決定できるものなのでしょうか?

もっと具体的に質問しましょう。

「同性(あるいは性別問わず)に性欲を感じてしまうこと」、そのこと自体が、「正常」であるか、「異常(病気)」であるかを、「科学」や「事実」が決定できると、ななさんはお考えなのでしょうか?

いったいどうやって? 私にはそこのところが、どうにも理解できないのです。

「なにを異常とみなすか?」を決めるのは、それを判断する人間(集団)の感覚・価値観以外にはありえないと思うのです。

同性を好きになったら、なんでそれが「異常」なのか?
男性がスカートをはきたがったり、化粧をしたがったりしたら、どうして「異常」なのか?
「男性」の身体的特徴を持って生まれてしまった者の心が「女性」でありたいと感じてそう生きようとしたら、なぜ「異常」なのか?

「科学的知見」の示す因果関係と、そもそもそれが「正常」か「異常」かという問題は別のことなのではないでしょうか?

>事実と合理的な根拠に寄り添う中から得られた新しい精神医学的な知見として、これまで同性愛のカテゴリーに隠れてしまっていた性同一性障害という病態が明らかにされてきました。

病態 ・・・・・ 「精神障害」としてのね。実は、それは、ジェンダーアイデンティティーが身体の性別と一致していないことが「(精神)異常」だと言っているわけで ・・・・・・・。

>当時の状況をふり返れば、同性愛(者)の中に埋もれる形で強い精神的苦痛に苦しんでいた性同一性障害者たちの立場が「同性愛が精神的な障害、病理であると見なされているのは差別的偏見によるものであり、同性愛そのものが何らかの医療的ケアの対象になるような病気ではない」という論理への同調を余儀なくされることによって、封印されるような状況が生まれていたことも確かです。

ななさんは、「性同一性障害者たちの立場」をどこまで理解されているのでしょう? 自分が「(精神)異常」だと診断されて喜ぶ人間がどこにい ・・・・・・ まあ、現実にはいるわけですけれども、それには屈折した事情があるわけで。

それは、現在の性同一性障害者の医療は、精神のほうが「異常」なのだとされながらも、治療は「本人の望みの性別」で社会的に生きられる方向で対処する、というある意味矛盾したものになっているからで ・・・・・ 。性同一性障害と診断されれば、場合によっては(正常とされる)身体のほうを(異常だとされている)ジェンダーアイデンティティーに一致させる手術も行われるし、戸籍の性別の変更も可能になっている。つまり、「生まれついた身体の性別と異なる性で生きたい者」にとって、性同一性障害と診断されることが、それを可能にする合法的な唯一の手段になっているから、「病気(異常)」のレッテルを甘んじて受けている一面もあるわけで ・・・・・ 。

「病気」でなくても、そういうことが受容される社会であれば、誰が好きこのんで「(精神)異常」のお墨付きをもらいたいなんて思うでしょうか? もし、ジェンダーアイデンティティーの治療(身体の性別と一致させる変更)が可能になって、<性同一性障害は精神の方が異常なのだから、身体や社会的な性別ではなく精神(ジェンダーアイデンティティー)の方を「正常」に矯正すべきだ>などという治療方針に転換でもされたとしたら ・・・・・・ 「あなたは性同一性障害なのです」なんて言われて、いったい誰が「はい、そうです」なんて認めるでしょう?

ななさんご自身は、「生まれついた身体の性別と異なる性で生きたい者」を、「病態」、「精神的な障害、病理」を持つ者だとお考えになっているのでしょうか? (私にはそう言わんばかりであるように読めてしまったのですが)

つまらない質問かもしれませんけど、どうにも気になってしょうがなくて・・・・・。
レスはゆっくりでも結構ですので、どうぞよろしくお願いいたします。