32030 返信 Re:精神医学・医療と精神分析について URL 水原文人@パラノイア 2005/01/11 05:11

> > だからそのような「精神分析」は、今では存在してませんてば(笑)。フロイトしか読んでないんじゃないですか? ラカン尊師とか、マルクーゼとか、ライヒとか、知らないんですか?
>
> いいえ、そのような「精神分析」的言説まだまだ根強く存在しておりますし、装いをこらした新たな「精神分析」的言説も生まれてきていますよ。

なぜそれが「精神分析」全般を否定することにつながるんですか?

> そして、貴方自身のこれまでのあれこれの言辞について言えば、後述するように、私が批判してきた「精神分析」的な「見えたから見えた」式の、一般化するにはとても無理のある思考方法から脱却しているようには思えませんね。

無理があるもなにも、(何度言わせるんだか)、この世界をめぐることの認識はすべて我々の主観的な解釈によるものであり、「見えたから見えた」しか究極的にはあり得ないんですが?

> それから、ラカンとかマルクーゼとかの名前が何かと出てきますが、彼らの思想や考えについて、貴方から聞こえてきたのはほとんど「キャッチコピー」的な断片ばかりで、貴方自身の言葉で語られた中身ある解説やそれにもとづいた議論や論証なるものをほとんど聞いたためしがありません。(少なくともこの掲示板では)

ええ。だって興味ある人が読めばいいだけの話ですから。

> そういう「学者の名前出し」こそ貴方がやたらに持ち出す「権威主義」っていうのじゃありませんか(笑)。


そう受け取る権威主義者がいることにおいては、その人にとって「そう見えた」ことですから僕が介入できることじゃないんですけど? ただしそう受け取る人の権威主義的な意識の構造が透けて見えるのは僕にとってはかなり笑えることなんですけどね。

> > 後天的な精神的な刺激、たとえばストレスの影響も否定されるんですかい?(笑)。
>
> それを私が否定しましたか?書いていることをよ〜く読んでくださいね。

精神分析はストレスの影響を知るには有効な方法論ですけど? で、「トラウマ」もストレスとなる刺激の一種、そのなかで最も強烈なものですが?

> > 「精神分析」は様々なストレスがどのように精神に影響を与えるかを分析する方法論でしかありませんよ。
>
> あれ?主張が変遷しておりますね。

してませんよ。

> 「ストレスがどのように精神に影響を与えるか」を調べることについて、様々な方法論を検討した場合でも、認知心理学や認知脳科学などによる研究とその成果にもとづいた認知行動療法のほうがずっとまともな反証可能なエビデンスを提出していると言えます。「精神分析」はと言えば、その方法論として必要な合理的、科学的な要件さえ、ほとんど満たしていないと言えるでしょう。

当たり前でしょう。人文科学なんですから。ただ「認知行動療法のほうがずっとまともな反証可能なエビデンスを提出していると」は言えませんね。自然科学的な方法論による限り、医者に見えたその患者の精神活動全体のうちのごく一部に過ぎない「エビデンス」しか使えないわけですからね。

> > 学者がどう思っているかだけで世の中の偏見がなくなるわけでもありませんがねぇ…
>
> 中身のない「取りあえず書いておけ」のレスですね。
> 「反証の提示」という科学的言説を「学者がどう思っているかだけ」ということに矮小化してしまうのには、恐れ入りますとしか言いようがありません。ちなみに、貴方の好きなラカンとかマルクーゼもその「学者」の中に入るのですけどね。

いいえ。僕の認識としては思想家ですが? それはまたマルクーゼの60〜70年代における世界的な左翼思想への影響や、たとえばその理論がフェミニズムへと応用されたことなども含めての認識ですが。

ジャン=ポール・サルトルだって「学者」よりは「思想家」ですね。マルクスもまた然り。

> > > これに対して、「同性愛はもともと精神的な病理ではない」ということに私が同意し、それを支持している含意が全くないと、水原さんは断言されるわけです。
> >
> > そりゃあなたがこの文脈で最初に「同性愛」に言及したときの書き方は、完全に同性愛を「精神的病理」とみなす文脈でしたからね。そしてその文脈はその後も継続して、なんら訂正も撤回もなく継続中ですから。
>
> ですから、それが言いがかりであることはすでに具体的に説明しました。

ぜんぜん説明になってません。あなたが最初にこの議論に場違いな「同性愛」を持ち出したことを撤回しない限りは。

> 貴方の言う《同性愛を「精神的病理」とみなす文脈》とは、1970年代初頭における米国「精神分析」派の「同性愛は精神的な病理である」とする捉え方を私が批判的に取り上げる中で出てきたものですよ。「なんら訂正も撤回もなく」どころの話じゃありません。

だからそれは米国の「精神分析派」の個々のメンバーの倫理観の問題であると何度言ったら…。

だいたいフロイト自身が、あらゆる人間は異性愛者ではなく潜在的には少なくとも両性愛的な傾向を持っていることを論じてるんですが…

> もちろん、米国「精神分析」派の主張を批判的に取り上げた内容は彼らの主張にある非合理性を指摘するという専ら科学的観点に立ったものでしたから、同性愛に対する私自身の人間観や社会観といった倫理・価値判断を直接に述べたものではありません。したがって、その意味においての同性愛についての私自身の見解は殆ど述べていなかったとも言えるでしょう。

でしょう?

> というレスを返されていましたが、このお二人の発言はそれぞれの意味において私の論旨や論点を理解されていないものだと思います。

理解しようがありません。JUNEさんもたぶん理解しないでしょうね。

> 私がこれまでの投稿で繰り返してきたことは、科学が「同性愛」に対する差別的な人間観、価値観の正否を直接的に下せるという論旨ではありません。つまり科学は、人間(社会)の価値判断、倫理的な見解であるところの「差別は間違っている、正しい」という意見に対して結論を直接与えられるようなものではなく、科学的な事実や見解はあくまでも人々の価値判断を側面から支えたり、価値観を形成する上での知的な貢献をするという役割以上のものにはならないということです。少なくとも私はそう考えています。

…というスローガンと実際の言動が矛盾しているから、理解不能なわけであります。僕としては底意地の悪い、そして精神分析の影響を受けた人間観を持っているので、スローガンよりも実際の言動からその人が本当のところなにを考えているのかを解釈します。結局のところあなたにはそれが耐えられないだけでしょうね。

> それに反して、科学の装いでもってヘタに価値判断の妥当性を直接判定したり、あるいは特定の価値観にもとづいて強権的に科学的事実を歪めようとすることの重大な弊害は、たとえばナチスの「優生学」や遺伝学における「ルイセンコ主義」の歴史の中に起こった虐殺や弾圧に象徴的に示されていると言えるでしょう。

ええ。で、あなたが「同性愛」について言っていることは、まさにそれです。「自閉症」についてすら同様のように思えますね。

> tpknさんが引用紹介された「同性愛は先天的なものだから差別してはいけない」などは、まさに科学的な見解でもって価値観の当否を判定しようとする、いわゆる典型的な「科学主義」的発言と言えるでしょう。そのような発言は、それでは仮に「先天的でない」という科学的事実が明らかになったら、差別はしてもいいという「論理」になってしまいます。

同様に、「米国の精神分析派」が…(以下アホらしいので略)。

> > なにしろ自分がメールアドレスを公開していないことを棚に上げて「メールで送ればいいのに」云々と言ってのけたほどの高慢ちきな方ですから、真面目に接する人間は大なり小なり不幸になります。
>
> 「真面目に接する人間は大なり小なり不幸になります。」とまで言われますか(笑)。
>
> 「メールアドレスを公開していない」のは、ネット上から生じた問題が実生活への不利益に繋がらないよう身を守る私なり手立てですから、「棚に上げて」は筋違いの非難です。貴方が『問答』投稿規定に違反するような投稿をする前に、管理人宛てにその旨のメールを送るのが、最初の行動選択肢ではないかと申し上げましたが、それを「高慢ちき」と切って捨てられるのには恐れ入るとしか言いようがありません。

レスをつけないで欲しいと書いた僕の要請を、ただのイヤガラセであるかのように、あなたの配偶者の方に対する配慮など一切ナシに破ったアホがいたから緊急処置として書いたことだ、とちゃんと説明したのに執拗に食い下がったのはどこのどなたでしょうか?

> 《「当時の精神科医」もまたただの人間》は当たり前のことを述べているに過ぎませんが、水原さんは何としても「当時の精神科医やセラピストが同性愛者に対する差別や偏見の観念で凝り固まっていた」という前提、「事実」からご自分の論理を出発させたいようですね。たしかにそうであれば事は単純な図式になり、「彼らに差別的な意識があったからこそ、同性愛を精神障害、精神的な病理と決めつけることになった」との非難一本槍でいいわけですから。

だいたい非難一本槍で済む問題なんですから当たり前ですが、なにか?

> ここで、水原さんが言われた「当たり前の現実」についてお聞きしますが、当時のことについて、貴方はその「当たり前の現実」というものをどのように具体的に提示しそれを論証できるのでしょうか?

ええ。あなたが挙げた当時の米国の精神分析派の見解がその論拠です。

> ずばり言えば、同性愛(者)には何らかの治療が必要なケースがあるとしてその意味で『精神障害』のカテゴリーの中に含まれる症例もあると考えていた精神科医グループが当時存在していましたが、そのような精神科医たちに対して、「同性愛(者)に対する差別意識があるからこそ、それを精神障害、病理と見ていた」というような貴方の批判「論理」は何を根拠に論証され得るのかということです。

同性愛が精神的な問題として治療の対象になるものなどではないことです。補足するなら、JUNEさんがうまい言い方をしてるので引用すれば

「「なにを異常とみなすか?」を決めるのは、それを判断する人間(集団)の感覚・価値観以外にはありえないと思うのです。」

ハイ、おしまい。

> 「論理が逆さま」というのは、DSMから同性愛が削除され、同性愛は基本的に治療の対象と見るべき精神障害や病理ではないという同性愛(者)観の転換が起きた原因と結果の捉え方についてです。

それはむしろ政治的な判断だと思いますがね。つまり「「なにを異常とみなすか?」を決めるのは、それを判断する人間(集団)の感覚・価値観以外にはありえない」ことに遅まきながら気づいただけでしょう。

> > 宗教という権威が、現代的な宗教・信仰対象である「科学」にすげ変わっただけでは、なんの意味もありませんがな。
>
> 相変わらず、「権威」という言葉でしか答えられない、考えられないんですね・・・水原さんは。貴方がここで言う「権威」は批判のための方便でしかないでしょう。

いいえ。ありのままです。

> ではお聞きしますが、同性愛(者)やハンセン氏病(患者)に対する人々の差別的な偏見が不充分と言えども少しずつ解消されてきた要因は何処にあると貴方はお考えなのですか?

今度は同性愛とハンセン氏病を無神経にも並列させての例示ですかぁ? 本当に、このような差別的偏見を助長させる例示は、いい加減にして欲しいのですが?

> 精神疾患についても程度の問題はありますが、偏見が減ってきてそれに伴い多少なりとも差別が解消されてきた要因はどこにあると考えるのですか?

それと同性愛に対する偏見はまったく別次元の問題なんですが?

> 「正常」と「異常」の区分けに直接関与するのは価値判断なり価値観と言えますが、その価値判断に少なからぬ影響を与えてきたのが科学的事実の発見や新しい知見の確立と言えるでしょう。

「正常」と「異常」に関してはまったくそうではありません。ハンセン病と同性愛をごっちゃに論ずるような無神経な差別的意識のなせる論考の典型ですね。

> 科学的知見や新しい事実の発見が人々の価値観の形成やその転換の起爆剤になることがあるのは歴史が示しています。

あのですねぇ、たとえば江戸時代や戦国時代には同性愛に対する差別はとくになかったんですが? むしろ当たり前の文化の一部だったんですが?

> 「幼児期の親子関係によるトラウマ」が原因ではないということを科学的な根拠を通じて示したことは当時の情勢を考えれば大きかったと思います。

関係ないですね。先天的なものであっても、社会に脅威を及ぼしたり、社会生活を営む上で著しい障害になることであれば、それは「障害」です。同性愛はそのようなものではありません。強いて言えば生殖とかヘテロセクシャリティがドミナントな社会では家庭生活に若干の支障が出ますが、個人の選択で結婚して子供を作るゲイもいますから。

なお「障害」があるとしてもそれを不当に差別していいかどうかは、また全くの別問題です。たとえばバリアフリー社会では、理論的に「障害」は障害ではなくなりますから。

> 「精神分析」的な「トラウマ」や「抑圧」は「精神的な障害」という考え方と原理的にセットにされた概念ですから、それが退けられただけでも、偏見が取り払われることに貢献したと言えるでしょう。そして「障害」という概念が否定されれば基本的に「病理」という概念も否定されることに繋がります。

ぜんぜんちゃいますね。偏見の結果「精神分析」的な「トラウマ」や「抑圧」を抱え込んで精神的な障害に陥るゲイもまた、ゴマンといます。自殺率だって異性愛者よりもずっと高いですよ。

> > なお同性愛の「原因」は、先天的であるかどうかも含めて、未だにまったく明らかにされていません。一時はAIDSで死亡した同性愛者の遺体を解剖した結果に基づく海馬の縮小説があたかも定説のようにまかり通っていましたが、この説が疫学的な見地から相当に不確かなものであることは今では常識です。
>
> 私は同性愛の「原因」は100%「先天的」であるなどとは言っておりませんので、その辺は誤解なきよう願います。
> 《疫学的な見地から相当に不確かなものであることは今では常識です》については、ソースの提示を願います。

「常識」にソース提示を求められても困るんですが(爆笑)。だって「常識」なのに…。なんならゲイ・アクティヴィズムの集会にでも行って来て下さい。

> > > つまり、私の「同性愛は精神的な障害、病理ではない」という見方は、事実と合理的、科学的な知見によって支えられているのであって、
> >
> > 性愛を対象を誰にするのかに「事実と合理的、科学的な知見」を持ち出さなければ判断できないこと自体が、「同性愛」を「異常」とみなす前提がなければ、必要ですらありませんな。
>
> これは相手の論旨の強引な捻じ曲げというか論点のすり替えですね。上に書いたことをよく読みとっていただければ幸いです。

どう読んでもそうとしか解釈出来ませんが?


> > 医師に限りませんが、「自分は差別的偏見を持っていない」と主張しない差別主義者がいたら、お目にかかりたいものです。ヒトラーですらユダヤ人を差別するのに「科学」や「歴史」を持ち出しましたからね。不当な差別なのではなく、ユダヤ人が劣等民族なのは「科学的」かつ「歴史的」な事実であると、アドルフおじちゃんも主張してました。
> >
> > 差別主義を糾弾するのに、石原慎太郎やヒトラーと「医師」や「学者」のあいだで区別をする必要があるかのようななな様の認識自体が、僕には極めて異常なものに見えますが?
>
> 身分や職業で差別意識、観念の有無を区別できるなんてバカげたことを私は言いたいのではありませんよ。

現におっしゃってますよ。

> 上記のような自らの専門的見解を述べる医師に対して、水原さん自身が何と答えるのかと知りたくてお尋ねしたんですけどね。

同性愛に関してでしたら、すでに上記に書いた通りに答えますが?

> 今回の投稿で私が論じたようなことを少しでも頭に置かれて発言されているのかなと・・・。「精神的な障害に苦しんでいる者が確かにいると思われる。」という臨床に携わる精神科医の真剣な意見にどう応えられるのかというのが、貴方に対する私の根本的な問いかけでもあったのです。やっぱり「差別主義者」一本槍の「論理」でその医師を糾弾することになるのでしょうか?

いいえ。医師がお望みとなれば僕が実験台になってあげましょうか?(笑) 同性愛が「精神的な病理」などっではないことの実例として。その上で相手が理解できなかったら、「差別主義者」以前にただのバカです。

>ですから、そのマルクーゼを貴方自身の言葉でしっかり語り、説明してみてくださいよ。

アレ? この掲示板で割と最近に、あなたが絡む前のこの議論の中で、極めて大雑把ですが説明してますよ? あなたがユーモアというものを理解できない証拠にトチンカンに絡んで来た猫まんまさんとのやり取りのうち、あなたがトンチンカンな揚げ足取りをしたジョークの少し前ぐらいに出て来てますんで、自分で探して下さい、つーかてっきり読んでるんだと思ってたが?

ま、しょうがないですね。あなたにはあなたに「見えたから見えた」ことしか論じられないんですから

>「邪魔であるからに決まってます」??
> いったいどういう論理からそんな言葉が引っぱりだせるんでしょうね。

あなたの僕に対する投稿の一貫した動機、スタニスラフスキー的ないしストラスバーグ的な演劇用語でいえば「貫通行動」ですが、それがなんであるかを見抜けば、簡単に引っ張りだせますよ(笑)。