| 32168 | 返信 | 「憲法読みの憲法知らず」を嗤う。 | URL | 八木沢 | 2005/01/16 12:21 | |
クマ、三田よしかず両投稿者の投稿(32125、32141、32132、32139、32154)への再反論である。 >八木沢氏の投稿について、何度読み返しても、八木沢氏が何を言いたいのか、よく理解できません。 >クマさんたちの言っている内容と同じことを、品性の欠けた文章で、リライトしただけなのでは? >当人の勝手とはいえ、「アホ」だといわれても仕方ないと思います。 三田投稿者は私の投稿について、「何度読み返しても理解できない」らしいが、私の場合は三田投稿者のそれについてタイトルを見ただけで読むまでもなく中身が予測できた。私はクマ投稿者のレベルにあわせて投稿したので、三田投稿者もクマ投稿者を見習って岩波文庫を中心に年間300冊ほども本を読めば、彼のレベルには達し、私の投稿を大いに理解できるであろう。当然「品性の欠け」具合についても、私はクマ投稿者にほぼあわせたつもりだ。問答では皆クマ投稿者の投稿の「品性」を基準に、「ここまではOKなんだな」と判断している。一方、「何度読み返しても理解できない」にもかかわらず「(八木沢は)アホだといわれても仕方がない」という相当思い切った断言を三田投稿者がなぜできるのかについては、謎である。 >クマ氏の批判は「政治家としての資質のない者が世襲で議員になる」ことへの批判なので、血統主義とは正反対なので、それは八木沢氏の「誤認」だといっているのです。 「政治家としての資質のないものが世襲で議員になる」という制度は、我が国にはない。世襲によってその地位を引き継いだ国会議員など戦後一人もいない。議員経験のある親・親族がいる候補者と、いない候補者の二種類がいるだけである。前者が「苦労知らず」で後者が「苦労を知っている」というのであれば、苦労とは具体的に何を指すのかが問題になる。「資質」否定の根拠とされているのだから、当然であろう。その上で、「苦労知らずならなぜいけないのか」という議論を先にやらなければならない。 議院内閣制をとる我が国では「政治家」といえば選挙を経た国会議員の意味にほぼなるわけで、そもそも「立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで極めて重要」(最高裁判例1968年12月4日)なのだから、憲法第44条も、候補者の父親が政治家であるという「門地」や、反北朝鮮思想や改憲思想を持つといった「信条」、苦労(のおそらく具体的内容)の有無を指す「教育、財産又は収入」による差別の禁止を明記している。「生まれ育ちが悪い」ことを差別してはいけないが「生まれ育ちがいい」ことは差別していい、などとは憲法のどこにも書いていない。三田投稿者の如き「投票数以外の基準で議員資格を制限する試み」に無邪気に期待する反憲法的思考の持ち主の登場に、慄然とせざるを得ない。 「政治家としての資質」なるものは、それを判断する人間の主観に頼らざるを得ない。たとえば、辻元清美に政治家としての資質があるかどうかについては意見が分かれるであろう。個性的な候補者、目立つ候補者ほど判断が分かれるのだが、これは当然である。クマ投稿者が「苦労知らずの世襲バカ政治家」と列挙しているのは、選挙を経ていない金正日を除いても「ブッシュ、小泉、安倍、中川」と、小学生でも知っている有名どころばかりである。たとえば、かつての全逓の闘士・大出駿(元社会党代議士)の息子が当然のように神奈川2区の地盤を継いでいることの是非をクマ投稿者は語らない。詐欺で逮捕されて議員を辞職した佐藤観樹・元社民党幹事長について、彼が佐藤観次郎・元社会党代議士(元「中央公論」編集長)の息子であることと関連付けて批判した形跡もない。 しかし、その理由?をクマ投稿者はこう述べる。「特に自民党の世襲議員には、謙虚さのカケラもない勘違いバカの比率が非常に高いと思っております」と。正直いってこういうレベルの結論には私如きでは反論のしようがない。「高い」ではなく、「高いと思う」ならばただの感想であり、別段根拠は要らない。「井川遥は世界一可愛い女性だ」と断言する以上は「世界一可愛い女性」である証拠が必要になるが、「井川遥は世界一可愛い女性だと思っております」ならば、あくまで個人的な好みを述べているだけだ。「思う」だけなら何を思ってもよいと日本国憲法にも書いてある。 >できれば私を「管理人」と呼ぶのは管理行為をしている時だけにしてほしいんですが…。 管理人なのか単なる一投稿者なのかを外観上判別するのは、内閣官房副長官なのか一衆議院議員なのかを外観上区別するのと同じくらいに困難なことであるが、私の投稿を削除しなかったことをもって管理行為をしていないとみなし、今回は呼び名を「クマ投稿者」に変更しております。 >オペラント条件付けとレスポデント条件付けは私のとりちがいでした。ご指摘ありがとう。m(_ _)m 「レスポデント条件付け」ではなく、「レスポンデント条件付け」。 >一般的な意味合いとして、事前に表現内容を権力がチェックして、その公開について是非を判断することを「検閲」と言っているので、最高裁の判断にしたがって使っているわけではありません。 参加者それぞれがそれぞれの感性だけで「一般的」などと言って好き勝手な意味を込めて言葉を使っていては、議論は成立しない。特に「検閲」は憲法用語であり、クマ投稿者もこれが憲法上禁止されている行為であることを前提に安倍をバカだとか八木沢をアホだとか言っている訳で、その肝心の検閲の意味を憲法で書かれているのと違った意味で使うことを堂々と宣言してしまっては憲法違反追求の正当性が崩れる。最高裁判例以上に「一般的な」法律用語の定義などありえない。また、権力の判断を受け入れるか受け入れないかの決定権が検閲される側にあるならば、それはクマ投稿者のいう「一般的な意味」であっても検閲ではない。安倍を批判する者は、同時にNHKが権力に「屈して」放送内容を変更したことを批判するが、それは最終的な決定権がNHK側にあるという前提であろう。ということは、それは検閲ではないのである。NHKが、権力の介入を口実に扱いの厄介な番組の内容を、最終的にはNHK自身の判断で変更しただけの話である。そのことと、その口実にまんまと利用された安部・中川の軽率さの双方を私は批判したのだが、一方でクマ投稿者らも安倍とNHKの双方を批判しているものの、彼らはこれを単なる「口実」ではなく、介入と放送内容の変更の間により強い因果関係を読み込もうとしている。「(八木沢は)クマさんたちの言っている内容と同じことを、品性の欠けた文章で、リライトしただけ」との三田投稿者の錯覚は、今回の放送内容変更の主導権がNHK側にあるのか「権力」側にあるのかを、私とクマ投稿者らではまったく逆の判定をしていることに気がついていないことから生じたのである。これとも関連するが、三田投稿者の「権力を持つ安倍氏の民間紙への批判」なる表現が明らかにするのは、たとえ戦中戦前から大きな影響力で我が国をかき回してきた大マスコミが相手であろうと、それがどんなちゃちな権力でも権力と名のつく場にいる者のほうがいつも加害者側なのだという単純な図式に安住する連中の滑稽さである。 |
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