| 32347 | 返信 | 「戦後ドイツにおける報道と国家」2(再投稿)) | URL | 梶村太一郎 | 2005/01/22 22:28 | |
| (管理人さん、申し訳ありませんが先の:32344の投稿には、文字化けやその他の 不備がありましたので、ここに再投稿しますので、前稿を削除してください。 よろしくお願いします。筆者) 第2章 憲法と法律における表現の自由とその制限 本章ではドイツにおける表現の自由とその制限について憲法とその他の法律の枠組みを述べる。 第1節 憲法と州法 1)連邦と州の権限 大前提として、一九四九年に成立した戦後ドイツの憲法(注)をはじめとする法律の第一の特徴が「連邦国家制度」にあることをふまえておかなければならない。ドイツ連邦共和国・Bundesrepublik Deutschelandとは、それぞれが州憲法と立法権をもつLand・ラント・州が連合したBund・ブント・連邦の共和国である。いわゆる連邦国家・Bundesstaatである。したがって法律も連邦法律・Bundesgesetzと州法律・Landesgesetzがある。 このような制度が設けられたのは、一九四八年に設けられた憲法制定会議での論議において、1章で述べたようなナチ時代の極端な中央集権的統制を防ぐ、民主的な、権力分散の工夫がなされたからである。またその背後には、当時の英米仏三カ国の西ドイツ占領軍の占領政策の強力な権力分散の意図があったことも事実である。 その結果、連邦・国は憲法の第?沛ヘに規定された十九ヶ条の基本権・Grundrechteの擁護を遵守する権限を行使するだけであって、できるだけ州・ラントに権力を分散する配慮がなされている。そしてこのことは、戦後(西)ドイツの社会の法制史の基本的な特徴として、多くの連邦と州の対立緊張として、試行錯誤を繰り返しながら実際に実現されてきていると言っても決して言い過ぎではない。テーマである基本権としての表現の自由をめぐる連邦と州の権限の争いも、特に出版法、放送法のありかたに顕著である。 (注)連邦共和国の憲法・Verfassungは正しくは基本法・Grundgesetzとよばれる。これは成立時には冷戦下で国家が分断状態にあり、将来の国家統一までの憲法の暫定性を考慮して、あえて基本法という名称を採ったためである。ところが統一が西独の基本法への東独の吸収といった形となったため、この名称は残ることになった。とはいえ事実上、基本法=憲法として間違いないので、本稿では基本法という言葉を定訳となっている法律の条文の引用以外では使用しない。 ? )憲法規定と出版法および放送法 憲法30条には: 「国家的権限の行使および国家的任務の履行は、この基本法が別段の規定を行わず、または許さない限度で、州の債務である。」 との明確な州の権限と任務に関する規定があり、その上で、連邦と州のそれぞれの立法権の管轄の範囲、専属と競合について憲法第3章の70条以下で詳しくカタログ規定されている。 すなわちわかり易く言えば、ドイツでは連邦は司法、行政そして立法のどの面でも出来るだけ州に権限を与えることを実現しようとしているのである。例えば教育権は連邦にはなく州にある。くりかえすが、このような制度の実現は、そのまま連邦と州との権限を巡っての緊張と争いの歴史でもあり、そのことが多様性の中で民主主義を実現しようとする戦後社会の特徴となっている。 この第30条の「州による国家的権限の行使および国家的任務の履行」の一文が、後述するように表現の自由に関する法規のありかたを決定的に規定する根拠となっているので、まずこの条文を挙げておく。 1) 憲法規定 1−1)最高規定 基本権としての表現の自由は憲法第5条第1項において: 「各人は、その見解を言語、文書および図画によって自由に表現し、および流布し、および一般に近づくことのできる情報源から妨害を受けることなく知る権利をもつ。出版の自由、および放送、および映像による報道の自由は保証される。検閲は行われないものとする。」 と規定され、第2項でその制限が: 「これらの権利は、一般的法律の規定、青少年保護のための法律上の規定および個人的名誉権によって制限される。」 と規定されている。これが表現の自由の保証と制限の最高規定である。 1−2)憲法と出版法 憲法第75条には連邦が「出版および映像の一般的法律関係」に関する大綱規定(Rahmenvorschriften・枠組みの法律)を発する権利を持つと規定されている。 ところが、連邦はこれまでに、ここに規定されている「連邦出版枠組み法」を成立させる権限を行使していない。その試みはあったがすべて成功しなかった。すなわち各州で戦後と、統一後に成立した十六の州出版法が最高の出版法である。いくつかの資料によれば連邦が近い将来に連邦出版法を実現する意図はないとのことである。 その主な理由は、各州の出版法はいずれも憲法5条を前提に出版の自由に関する権利、義務を規定したもので、各州法の間に大きな齟齬が無いためである。すなわちそれら自体が強く連邦法的な性格を備えているためである。あえて連邦法を成立させる必要性が無いといえよう。 興味あることは、連邦出版法の立法議論があった際に法議論として解決できなかった問題、「はたして内的出版の自由・innere Pressefreiheit、すなわちジャーナリストが 雇用者に対して(つまり編集者が会社に対して)人格の自由(憲法第2条)と表現の自由を主張できるか否か」という問題があったのだが、それがドイツ統一後の一九九三年に成立したブランデンブルク州出版法に唯一、初めて立法化されたことである。ここには、ナチ時代に続いた社会主義体制での言論弾圧の苦い体験があるからである。 なおドイツ週刊誌シュピーゲル(二〇〇三年九月二九日号、191ページ)の報告では、昨年の二〇〇二年度の国際統計比較によれば、ドイツでは新聞が374紙発行されており、成人100万人につき5.4紙の割合であり、日本では105紙、成人100万人につき1.0紙であるとのことである。すなわちドイツはタイトル数では成人一人につき5.4倍の数の新聞があることになる。数は必ずしも質を語らないが、新聞の多様性、すなわち世論の多様性と、読者の選択の余地においてはドイツは日本よりそれだけ豊かであることを語っていると言えよう。 |
||||||
![]() | ||||||