| 32569 | 返信 | Re:Re:カットされた兵士の思い(兵隊やくざ、与太郎戦記との違いは何だ)違いはこれだ。 | URL | 火の鳥草 | 2005/01/29 09:21 | |
| 梶村様 亀レスで失礼。 > フィクションの「与太郎戦記」と、金子さんの体験にもとずく証言との > 違いは、誰でも気づくことですが。 > > 1)朝鮮人「慰安婦」が「慰安所」では、一般的であった。 > 2)作戦中には、中国人婦女子の強姦、輪姦とその後の殺害が常習化していた。 > > ということです。映画には出て来ませんね。 > > 火の鳥草さんは、フィクションとこの証言とどちらに信憑性があるとお考えですか? 1)について。 慰安所の経営者が、その従業人(俗に言う慰安婦)として日本人(内地)を採用するか朝鮮半島出身人、台湾出身者を採用するかは、経営上の問題である。察するに賃金は日本人の方が高かったであろう。 故に、高収入の日本人娼婦は値段が高くてもニーズがある将校、下士官のお相手専用に、朝鮮半島、台湾出身者の娼婦はどちらかといえばより低価格でビジネスが成り立つ、兵隊専用に回ったことは充分考えられる。 しかし、兵隊専用の慰安婦でも日本人出身の方が多かったようであり、この例示の方の一方的思い込みはどうなのですかねえ。 2)戦場において、明らかに国際法違反の強姦、民間人殺害が存在していたことは事実でしょう。 特に支那戦線において軍紀が弛緩、これがために支那派遣軍が、兵隊に対し慰安所を推奨、性病防止のため軍医が定期的に慰安婦を検診していたようですね。 「突撃一番」も慰安所に行く兵隊には支給していたのかなあ?それとも兵隊はこれを買ってたのかなあ?ご存知ならお教えくださいませんか。 こんなのも見つけました。ご参考までに。 http://www.dela-grante.net/michelin/up/so/No_1522.wmv > > 昭和30年代後半に、文藝春秋に連載(有馬頼義「貴三郎一代」)され、直ぐ映画化されて昭和40年代前半に大ヒットした勝新太郎主演作品に「兵隊やくざ」がある。ヒットにヒットを重ねなんと9回までシリーズを重ねた。 > > > > 勝新演ずる大宮二等兵(後、一等兵)、その上官の有田上等兵役の田村高麿を軸に、各シリーズ毎に、当時の大女優が演ずる慰安婦が彼らと恋愛、友情を交わし、理不尽な軍隊組織相手に共同で暴れまわる、実に痛快な娯楽映画の傑作である。 > > > > 現在、50歳以上の映画ファンなら誰しも知っている映画だ。全9シリーズのうち、最初の8巻がビデオ化されており、今でも容易に見ることができる。 > > 慰安婦役では、淡路恵子、水谷良重、嵯峨美智子、その他、大楠道代 野川由美子、小山明子等々当時の第一線級の女優。日本人娼婦が北満(ロシア国境)まで流れ流れて、悲しくも愛らしい慰安婦やってるという、慰安婦(当時「従軍」慰安婦という言葉は発明されていなかった)に対する昭和40年代の日本人一般の感覚の映画である。 > > > > ということは、その20年前の、戦争中の慰安婦に対する日本人(兵隊)一般の感覚も、かくありなん。 > > > > うそだと思うなら、春風亭柳昇 原作「与太郎戦記」(昭和49年)という、当時の落語界総出の(フランキー堺 南美川洋子 水木正子 露口茂 春風亭柳橋 柳亭痴楽 三遊亭金馬 三遊亭歌奴 春風亭柳昇 春風亭柳好 春風亭小柳枝 春風亭柏枝 柳家金語楼 月の家円鏡 )娯楽映画がある。この映画でも慰安所風景が出るが、やはり似たような感覚だ。 > > > > 慰安婦に対する日本軍将兵の付き合い方は、一般には決して下記引用のようなものではなかったに違いない。この人の(朝鮮人が慰安婦でなければならないという)慰安婦に対する感覚は、当時の一般的将兵の感覚とは違うのではないか。 > > > > > > > 昭和19年に山東省臨清と言う所に「つばめ楼」という慰安所があった、私の相手は梅 > > > 子という、名前は日本名だが私は慰安婦はすべて朝鮮人だと思っていたから「お前さん > > > 日本語上手いね」と、言うと彼女は「あら、私は日本人よ」と言った。私はその言葉を > > > 聞いた時にはカッとなって「大和撫子がこんな所に来て、こんな事を何故やるんだ」と > > > 私は怒った。彼女は一瞬、黙って私を睨んだが「兵隊さん、私は好きこのんでこんな所 > > > に来ているのではないの、私 の連れ合いは招集されて南方に行って戦死したの、残され > > > た親や私の子どもはどうやって生きていくのよ」私はその言葉を聞いた時、返事が出来 > > > ずに1円50 銭を払っただけで、その後、此のつばめ楼を去ったが、今にして思えば、あ > > > の戦争さえ無かったなら従軍慰安婦問題も戦地に於ける中国人女性に対する強姦、輪姦 > > > もなかったはずである。私達兵隊も忠君愛国の精神を持って「今日は生きても明日は死 > > > ぬかも知れない」と言う意識が生まれ、その意識が人間の道をはずして行ったのであ > > > る。故に2度と戦争を起こしてはならない、と其の犯罪性と教訓を「女性戦犯法廷」は力 > > > 強く訴えたのである。 |
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