| 32623 | 返信 | Re:<s>日本</s>朝鮮人蔑視<とんぷくさん | URL | サーク | 2005/02/01 02:36 | |
| SONGの言説はいつもながら愚劣のきわみ、しかも自分で自分の愚劣さにさっぱり気がついていないというどうしようもないもの。 > 事実に対して、リスク回避する努力は必要でしょう。人としてポジティブに「幸せ」を求める必要はあるわけです。何も私が「事実」を仲良し感覚で覆い被そうと言っているのではないことは知っていますよね。 リスク回避とはどういう意味か。事実は事実として認めた上で、それが人々の思考を特定の方向に向けることを避けたいというのなら、まあわかる。しかしSONGのやっていることは、「くさいものにはフタ」というものである。そのことこそ「事実を仲良し感覚で覆い被そう(ママ)」ということなのである。日本人を蔑視するような意識が韓国人、朝鮮人に歴史的に内在してきたことは事実であり、そのことをごまかして一体何をしようというのだろうか。 > 「見える」のか「見えない」のかを論じていません。貴君が問うた「質的典型」の意味を述べたのです。その上で「貴方は貴方のメンタリティーをその属性に於ける『質的典型』でレッテル貼りをされることに、不愉快感はないのか?」と問うているのです。 SONGにとっては「不愉快かどうか」と「事実かどうか」の区別がついていないから、こういう愚劣なことを平気で書けるのである。SONGが不愉快に感じようが何だろうが、事実は事実ということである。都合の悪いことを「不愉快だ」でごまかせるとでも思っているのだろうか。 > そう見えたから見えたのなら、遺憾に思います。かつて貴君が「風通しのいい関係性が相互理解の礎」なる言葉を額面通り受け止めて、遠慮のない言説で個人の思いの丈を述べ、その結果貴君が私の言説を、ステロタイプな「朝鮮民族の独特の考え方」として感じられたのなら非常に残念に思わざるを得ないです。そういった思いを与えたのなら、それはそれで貴君に真剣に深謝(いつもの冗談ではなく)いたします。(正直若干傷つきました。) 特定の個人に見えたのかどうかなどということが問題になっているのではない。問題はSONGの言説に「一般の人間が読んだとして」韓国人の日本攻撃と同じ要素が含まれていないかどうかである。 簡単に言えば、その要素はSONGの多くの投稿にてんこ盛りである。北朝鮮の抑圧政策の原因を日米の外交姿勢に求めたり、在日朝鮮人の日本に対するコンプレックスを日本の政策の結果に帰したりするような態度が、である。SONGが傷つこうが、そんなことはどうでもよい。 > > > それは、在日コリアンの標準偏差ではありません。総連原理主義者は「量的典型」にはなり得ないし、当然「質的典型」でもありません。 > > > > 在日の量的典型の話も質的典型の話もしておりません。「反日」の質的典型ですかね。 SONGには、「標準偏差」の意味がわかっていない。無知なくせに知ったかぶりをするな。 > 貴君の話は > ************************ > 総連の専従活動家をやってるような人だけではないかと思いますが、どうですか? 総連のイルクンの中には、もうカンペキにステレオタイプな日本人観をそのまま語る人とか多いでしょう? > ************************ > > 在日の「質的典型」を朝鮮総連専従活動家を例に出し、あえてそれを「全てとは言いませんが」と言いながら、あたかも朝鮮民族を「反日」の「量的典型化」したと貴君の言説に少なくともコンテクスト上、私には「そう見えたからそう見えました」 このあたり、単なる勘違いなのでどうでもよい。もう被害妄想もきわまれりというところだろう。朝鮮人の一部にある態度をもつ人間がいる、と書かれると、それが自分や朝鮮人全体に対する攻撃だと勘違いする妄想傾向。それがSONGの態度の基本にある。おそらくその理由はSONGが、自分たちが常に日本人の攻撃の対象となっているという妄想にとりつかれているからであろう。 ここである点を指摘しておこう。なぜこのような(朝鮮人、韓国人に伝統的に日本蔑視があるという)指摘にSONGがここまでこだわるのかについてである。 元の指摘は本国在住の朝鮮人に関してなされているのであり、在日朝鮮人にそういう傾向が同じようにあるわけではないことも強調されている。普通に考えれば、その指摘に対する反駁としては、「そのような傾向は在日朝鮮人にはあてはまらない」あるいは「自分は違う」と述べ、その根拠をあげればよいことである。基本的に在日朝鮮人(特に2世以降)が本国の朝鮮人と異なる思考をもっていてもあたりまえだからである。在米日系2世が日本人の心理についてマイナスイメージを伴うようなことをいわれて、自分たちの問題だとして怒るだろうか?そんなことは普通はないだろう。在米日系人は自分たちのことを「日本人」だとは思っていないだろうし、日本人のほとんども彼らが「日本出身者の子孫ではあるが日本人ではない」ことは理解している。 では、SONGはなぜ朝鮮人の思考について指摘されると、それを「在日朝鮮人」を含めたものだと勝手に考えるのか。それは自分が実は朝鮮人ではない「在日朝鮮人」だということを認めたくないからではないのか。在日朝鮮人はどう考えても朝鮮人ではないし、もちろん日本人ではありえない。どっちつかずの宙ぶらりんである。その事実は事実として厳然と存在するのであるが、SONGや在日の中にはそれを認めたくない心理が強固に根付いているらしい。先日の東京都の管理職任用試験をめぐる最高裁判決後の原告によるヒステリックな反応など、その端的な一例であろう。要は自分たちが何者であるのかについて、いいかげんに自覚しろということである。これが理解できないのなら、今までどおりSONGは恥をかき続けるだけだということだ。 |
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