32646 返信 Re:<s>日本</s>朝鮮人蔑視<とんぷくさん URL SONG 2005/02/02 00:38
 梶村さん、こんばんは。

今から10年前、元東ドイツ首相、ヘルムート・シュミット氏が広島大学で特別講演を行いました。有名な講演なので今更私が引用するには陳腐すぎますが「追憶、悔恨、そして責任」は、私が故郷とするこの愛すべき日本と、民族としての「思い」をより所とする「祖国」の狭間に揺れ動きながら、我が子がアイデンティティークライシスに陥らないための言説としてこの「思い」を再度伝えたいと思います。
 
 非常に感慨深い内容なので、今一度、シュレーダー氏の演説を補強する意味でシュミット氏の「思い」を再確認したいと思います。

 (長文にて一部抜粋)

【個人の罪と国家の】
 こうした悲しむべき事実もしかし、…私の見解によれば…あの壊滅的な戦争が、戦後に強く叫ばれたように、あたかもわれわれ両国民が犯した罪悪でありその責任を負うべきであるかのような告発を認めるものではありません。罪悪は常に個人的なものであります! キリスト教の聖書であれイスラムの聖典コーランであれ、あるいは仏教やヒンズー教、儒教の教えであれ、国民全体の連帯的罪悪(collective sin)などまったく語
ってはいないのです。世俗的罪悪を背負った人間として生を享けた者など一人もありません。日本国民もドイツ国民も、全体として罪悪や犯罪行為の罪を背負っているのではないのです。

 けれども、われわれ両国民はその父親や父祖の中に、とりわけドイツ軍や日本軍によって侵略・占領された国々の領土とその諸国の数え切れない人間に対して、犯罪行為を犯してきた者がいたのは確かです。なにびとも、他者が犯した罪悪や犯罪行為を悔い改める義務を負ってはいません。しかし、われわれ両国民は誰であれ、そのような犯罪行為が将来において二度と再び繰り返されないようにする重い責任を負っているのであります。
 あらゆる戦争の過程では、巻き込まれたすべての側で残虐行為が起こるというのは真実です。ほとんどすべての側に戦争犯罪行為と戦争犯罪者が存在しました。しかし、相手側の犯罪行為のみを指摘する者が法的に認知されたことはかつてありません。同時にまた、われわれが相手方で犯した犯罪は、相手方がわれわれの側で犯した犯罪で打ち消されるから、従って、双方は対等な立場なのだと信じ込ませようとする者たちが認知されることも決してないのです。例えば、殺人犯人が存在しているというだけの理由で、ある殺人犯人者が赦免されるようなことはあり得ません。

(中略)

 これも今では、四分の一世紀近い昔の話になります。当然ながらポーランド国民は、それからの間も犯された犯罪を忘れ去ってはいません。オランダ国民も忘れてはいないし、フランス国民も同様です。われわれの近隣たちの中に忘れ去った人はひとりとしていないのです。

 世界中にいるユダヤ人もそうです。そして中国、朝鮮、フィリピンはもとより、日本のすべての近隣の人々もまた、忘れ去ってはいないのです。

 その限りにおいて、われわれの状況は類似性を示しています。ではありますが、ドイツ国会と歴代政権は、以来何十年かにわたって自責の念を表し和解を乞うてきています。そして一方ではドイツの近隣諸国もまた、和解に意欲的です。このことが重要な相違点をなしています。中国や朝鮮、その他のアジア諸国の人々の一部分が赦しを本格的
に考え始める気になった今日までには、実に長い時間を要しました。

 そして日本の国会が、近隣諸国に対して赦しを乞い日本が抱く自責の念に了承を求めるようになるのに、長い時間を要したのは明らかです。

(続く)