| 32647 | 返信 | シュミット氏演説(続き) | URL | SONG | 2005/02/02 00:42 | |
| 【義務と責任】 話の結びとして、半生にわたる政治的経験から生まれた私の強い確信を強調したいと思います。それは、国家国民の運命のすべてを政治家の手に委ねてはならないというものです。 われわれは、単に、彼らの行動や成果や失敗を観察、掌握、判定しなければならないだけではありません。すべての人々に及ぶそうした民主的義務を超えて、さらに自らの国民の歴史を理解し、制約や偏見に束縛されない自由な立場から業績と失敗を評価するという、われわれ自身の義務も存在しているのです。 現在は過去の産物であります。そして、現在は未来の基盤となるものです。しかし、理性と道義と意思と勇気は、現在を変えることができ、それによって未来を準備することもできるものです。 ですから、若い学生の皆さんは、自らの国の過去の歴史を理解しなければなりません。誇らしい善いことも悲しむべき悪いことも見つけるでしょう。皆さんには、いかなる意味でも過去に対する責任はありません。しかし、将来に対しては、皆さんが責任を問われるのです。 皆さんが、教職や医者あるいは労働者や勤め人や事業家、母親や父親などのいずれになるにせよ、明日からの毎日毎日に責任を負うことになるのです。 一世代前、若いアメリカの大統領が、「国が何をしてくれるかではなく、国のために何ができるかを自問せよ」と国民に呼びかけました。それは崇高な呼びかけでした。これは、今もなお、あらゆる国のすべての国民に対して意味を持っています。けれども、今日、われわれはさらに一歩進むべきです。われらの国が全人類のため平和のため に何ができるかを自問せよ、と。 「記憶は過去と未来の接点である」(平岡市長:平和宣言より)。われわれ両国においては、追憶とその評価が今日の自責に導かれなければなりません。道義的な洞察力は、未来に対するわれわれの責任を心得るよう教えています。けれども一方で、歴史は善意の追求だけでは不十分なことを教えています。善意を行動化し現実のものとするた めに、理性と合理性と勇気が必要とされるのです。 |
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