| 32659 | 返信 | Re:祖国と女達 | URL | 梶村太一郎 | 2005/02/02 07:03 | |
| 烏龍茶さま、 そのとおりでしょう。両方とも被害者です。弱者どうしを「暴力の快楽」に貶めるのが 支配の原理ですから。ここでもそれが典型的に出ています。 ところが、彼ら弱者の間にこそ支配の、最も深い断絶があったのです。すなわち この「弱者」の間でこそ支配の暴力が露になったのです。 金子さんの証言の信憑性はそんなところにもあります。彼にとっては「ピー屋の女」は朝鮮人女性でなければならなかったのです。ところが日本人であったため、かれの暴力は消えてしまったのです。「犯す」対象ではなくなったのです。 対等の人間は犯せませんからね。 したがって、被害者の間にこそ、まさにそこにおいて最も激しい支配関係が現れるのです。 アウシュヴィッツでのカポと囚人の関係がそうでした。 いわゆる「慰安所」が、実は「強姦所」であったことを国連の報告書でも認定しているのはそのためです。 このサイトでも外国人を激しく非難する投稿がありますが、これこそ被害者のさらに弱い被害者に対する暴力性の現れであると私は推定しています。 上海さん、おもしろいご投稿に敬意を表します。 この歌のオリジナル手に入りませんか? 余談ですが、このテーマは工藤さんのお得意の範囲ですので、彼の感想を期待しています。 梶村拝 > 上海様、こんばんは。 > > > かの美輪明宏がもう30年以上も前ですが、こんな歌を歌っていました。 > > 慰安婦の裁判で「いたかいなかったか」とかアホくさい議論を始める前です。 > > こういう歌があることを知りませんでした。 > 歌詞を読んで、岩波「従軍慰安婦」収録のエピソードを思い出しました。ご存じかもしれませんが、 > > (引用) > 戦地での私たちが、欣喜雀躍、股間を押さえて女性のもとにすっ飛んだのは、何んと言っても長い作戦から帰った直後の外出だったでしょう。彼女たちの屯する坊に着くと、行列して順番を待つ兵士たちは、生死の境を通ってきた異常なまでの緊張感から解放されたい一心で、Mボタン(ズボンのボタン)を外し、鼠色になった越中(ふんどし)をちらつかせて、まだかまだかと気忙しく待っていたものです。…最高に燃えてこれほどの充実感はほかになかったように思いました。(衣第三○四○部隊記念事業実行委員会編『黄土』) > (引用終わり) > > すべての自由を奪われて奴隷に貶められた女性と、強制的につれてこられた女性を奴隷にすることで得られるうすら寂しい『充実感』を「最高」と思いこまされて自らの命を差し出すことを強制された兵士たちと。 > > 三輪氏の歌の歌詞と合わせて、改めていろいろと考えてしまいました。 > 従軍慰安婦にされた方々と、それを踏みにじった兵士たちと、実は両方とも被害者なのではないかとおもえてなりません。 |
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