| 32698 | 返信 | Re:「正統の假名遣ひ」の幻想:感想 | URL | 梶村太一郎 | 2005/02/04 07:01 | |
| 渡辺さま おひさしぶりです。 お元気そうでなによりです。 「かなづかひ」に正統もくそもないことを知らない人が、まだ日本にはいるのですね。 三島由紀夫もそうでしたが、擬古文は擬古文でしかないのです。 わたしは、かなづかいもふくめて、文章は、あるいは言葉は、もっといえば文体は 人間の数だけあるとおもっています。だから面白いのですね。 わたしの祖母は、明治の20年代初めの生まれでしたが、学生の頃、手紙をくれるのですが、これが変体仮名で書いてあるのです。彼女は歌詠みでしたからね。判じ読みしか できなくて困りましたね。助詞までが漢字の草書なのです。えは絵、奈良は奈楽を草書で書いてあるのです。短冊も「たんじゃく」と発音していました。 いちど文句をいったら、彼女の母親が彼女宛に書いた手紙を(これは巻き紙に墨書)だ してきて、「まひらせさふろう」と読み上げられたのでたまげました。江戸時代の女性 の文語文体のままなのです。 日本語は、特に急速に変化しています。 最近では、漱石や鴎外も読めない若者がでてきたと聴いていますが、そうでしょう。 もうすぐ、荷風あたりも古文の範疇になってしまうでしょう。 わたしもときどき、旧仮名遣いでかいてみたいと思うことがありますが、無理ですね。 言葉は生きものですから。 わたしが、江戸時代の文献も読み下せるのは、学生の頃に大佛次郎の『天皇の世紀』を愛読したからです。多くの一次資料が引用してあり、これは勉強になりました。 この大著をよんでいたら、明治政府の擬古文をまねするような滑稽劇は起こらないでしょうに。 いまでも、若い人には勧めたいと思っています。 |
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