32753 返信 Re:「ドイツ語」を話すユダヤ人 URL 水原文人 2005/02/07 01:25
tpknさん、

> > いずれにせよ、第二次大戦までは数百万人が日常的に使っていた言語が、ナチスの人種主義に依って壊滅してしまったことは恐るべきことです。
>
> 私が疑問に思うのは、上記のような歴史を持つイディッシュは、果たして「ナチスの人種主義によって」壊滅したと言えるのだろうか?ということです。ユダヤ人が自ら捨て去ったものではないですか?

あのサ、その件については以下の事情を説明しといたんだから、使えよ(笑)

「ここには極めて複雑なナショナリズムの歴史があります。多分に人工的な国民国家思想であるシオニズムのなかでユダヤ人=ヘブライ民族の民族の言語は、「ヘブライ語」と決められました(ほとんど死語であったにも関わらず)。建国直後のナショナリスティックな雰囲気のなかで、イディッシュ語(=ディアスポラの抑圧された時代のユダヤ人の言語)は嫌われ、事実上パブリックな場(別に政治的空間に限らず、要するに家の外)で話すことは事実上禁じられていましたし、移民たちの側でも「イスラエル人」という新たなアイデンティティに適応するため(一種の過剰適応とも言えるでしょう)にイディッシュ語を使わないという選択が多数派だったようです。」
(32747番)

> > 私が言いたいことは、植民地時代に言語を奪われかかった朝鮮人の体験がいかに深刻なものであったということです。SONGさんのいうように、抑圧側にとっては思いがけないような深刻な事態をもたらすものです。北朝鮮や韓国における漢字の排除は、はたして民族文化にどのような貢献をするのかは疑問です。ここにも植民地支配の影響があるのではないでしょうか。

> このことも同様ですが、韓国や朝鮮の漢字排除(私が言及したのは日本式の「漢字熟語」排除であって漢字ではありませんが)、いったいどのような意味で「植民地支配の影響」と言えるのかということです。

言うまでもないことですが、被害者/被害民族であることがそのままそのその民族が完全に正義でイノセントであることを意味するわけがありません。2000年にわたり被抑圧民であり、ポグロムとホロコーストの被害者であったユダヤ人の、イスラエル建国をめぐるアラブ人(パレスティナ人)に対する抑圧や、自国内でのユダヤ人間での“人種差別”(と言って言いと思う)の“加害者”となったその歴史など、典型的な例でしょう。

一方で被害者であるパレスティナ人もまた、イノセントな存在であり続けることはできません。そこで特に森永さんにお聞きしたいんだけど、パレスティナ“過激派”(でもゲリラでもなんでもいいけど)による自爆テロのターゲットの多くが、中産階級以上のユダヤ人のイスラエル人にとって乗ることを避けられるバスであったり、移民労働者も多い(どちらかといえば)貧困地区であったりする結果、多くの中国人が犠牲になっていることについては、どうお考えでしょうか? (イスラエル側の発信したデマ情報である、なんてのはなしにして下さい。現に殺されています)。

被害者であること/被害者であったことに凝り固まったとき、その民族は極めて危険な方向に進んでしまうことは多々あります。というよりも、意識として「被害者であること/被害者であったこと/被害者になる可能性」こそ、狭量なナショナリズムを生み出す最大の動機であるとも言えるかもしれません。

ポグロムがもっとも激しかったのも、ドイツとロシア双方の抑圧に耐え忍んで来たポーランドでした。ナチス占領下では多くのポーランド人が密告などでホロコーストに協力し、また自らユダヤ人虐殺に手を染めたことも、最近ポーランド政府自身が認めました。

むろん一方で、ユダヤ人をかくまったポーランド人もまたたくさんいます。民族間の対立を、一方を被害者である正義、加害者である悪とだけみなして十把一絡げに考えてしまう意識の構造そのものが、対立を継続させるしかない二項対立を生み出してしまうだけで終わってしまうとも思えます。

むろんバカ単純な二項対立否定もまた、ただの裏返しで根本的には同じメンタリティの枠内から出ていない限界をいずれ曝け出すでしょう。本当に必要なのは、別の視点を選択することで自らをその対立図式から解放することではないかと思いますが、どうでしょうか?>SONGさん。

日本民族と朝鮮民族の二項対立に“挟まれた”格好の在日のポジションこそ、その視点に立ちうる可能性を秘めているようにも思えるのですが。