| 32754 | 返信 | 放送法で言う「政治的公平」 | URL | 烏龍茶 | 2005/02/07 01:30 | |
| 昨日のバウネットジャパン主催の集会に参加してきました。5時間近くに及ぶ集会でしたが、参加してよかったと思います。今回のNHK放送で語られようとしたことを隠蔽しようとした連中が、一体何を隠そうとしたのか、そして今も何を隠そうとしているのかをはっきりと知ることができたからです。 1 放送法 放送法では、放送の編制権は放送事業者にある、とした上で、「放送番組の編集等に関する通則」として、編制権に以下のような制限をかけています。すなわち 1.公安及び善良な風俗を害しないこと。 2.政治的に公平であること。 3.報道は事実をまげないですること。 4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。 改変前のNHK放送につき、事前に政治介入があったとされる事件で、介入した当の政治家は 放送の内容を知った上で「あまりにひどい内容になっているようだから公平にやって欲しい」という「意見」を言ったと主張しています。 ではいかなる意味で「ひどい内容だと言える」のか。 1についてはまったく問題がありません。ヒロヒトが有罪であるという主張をする団体がいる、という放送がいかなる公安上の問題を起こすのか、またいかにして善良な風俗を乱すというのか、具体的な論証など右の方からまったくなされていません。善良な風俗を乱すというのであれば「不倫礼賛」的なドラマの方がよほど有害でしょう。 2について。「戦時性暴力が行われ、その責任はこれこれにある」という主張をしている団体がある、という放送の、政治的公平性は問題になりません。 「これこれの主張をするグループがある」という放送はこれまでも数え切れないほどなされてきたわけですが、そもそも問題になどなっていないでしょう。実は放送の自由と絡めてそのあたりの問題を扱った判例がないかと探してみたのですが、そもそも問題にすらなっていないようです。「事実の報道」なわけですから、問題になりようがないのですね。 3については、むしろ改変後の方が事実を曲げてしまっています。付け加えられた秦郁彦の発言は、a 傍聴した学者であると紹介された彼は傍聴者ではない b 彼の法的分析はそもそも法的に間違っている という点で事実をゆがめています。 4については、批判者である安倍自身がこれを守っていない放送を批判していません。すなわち、安倍が「北朝鮮の国際的陰謀である」という「自分の見解を述べた」番組に、一方の当事者であるバウネットの主張を 併 記 し て い な い からです。 というわけで、そもそも「公平にね」という意見を言っただけだ、という安倍の主張は、仮に彼のいうことを百%信じるとしてもデタラメであるわけです。 続けます |
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