| 32756 | 返信 | Re:「ドイツ語」を話すユダヤ人 | URL | 梶村太一郎 | 2005/02/07 04:11 | |
| tpknさん、 水原さん、 > > > > いずれにせよ、第二次大戦までは数百万人が日常的に使っていた言語が、ナチスの人種主義に依って壊滅してしまったことは恐るべきことです。 > > > > 私が疑問に思うのは、上記のような歴史を持つイディッシュは、果たして「ナチスの人種主義によって」壊滅したと言えるのだろうか?ということです。ユダヤ人が自ら捨て去ったものではないですか? > > あのサ、その件については以下の事情を説明しといたんだから、使えよ(笑) > > 「ここには極めて複雑なナショナリズムの歴史があります。多分に人工的な国民国家思想であるシオニズムのなかでユダヤ人=ヘブライ民族の民族の言語は、「ヘブライ語」と決められました(ほとんど死語であったにも関わらず)。建国直後のナショナリスティックな雰囲気のなかで、イディッシュ語(=ディアスポラの抑圧された時代のユダヤ人の言語)は嫌われ、事実上パブリックな場(別に政治的空間に限らず、要するに家の外)で話すことは事実上禁じられていましたし、移民たちの側でも「イスラエル人」という新たなアイデンティティに適応するため(一種の過剰適応とも言えるでしょう)にイディッシュ語を使わないという選択が多数派だったようです。」 > (32747番) > まず第一に、イディッシュを話していた東方のユダヤ人が最低でも600万とされている虐殺されたユダヤ人の大半を占めていたのです。ポーランド270万、旧ソ連、バルト三国が210万です。実際にヨーロッパのユダヤ人の三分の二が殺されました。 生き残った人々も、アメリカ、イスラエルを主に世界中に散らばって行ったのです。 イスラエルでは、水原さんの説明にあるような状態が長く続きました。(なにしろ戦後すぐは、強制収容所の生存者とその家族が「石けん」といわれて差別されるような、酷い雰囲気まであったのです。「石けん」とはナチスがユダヤ人の脂肪で石けんを製造したことから来ています。)最近でしょうイディッシュその他の言語が多少とも市民権を得たのは。 また、現在はなされているヘブライ語はアッシュケナージが旧約聖書の8000語をもとに話し始めたものですが、彼らは元来の発音を正しくできないそうです。むしろイスラエルのアラブ系住民の方が「正真のヘブライ語」を発音できるそうです。2000年の間にアラブ語と共通した、あの日本人にはとてもまねの出来ない、喉の奥からの裂音ができなくなったようです。 ひょっとしたら、将来イスラエルではパレスチナ人のヘブライ語の会話の先生が登場するかもしれませんね。今ではありえないことですが。 アメリカでは、前にも述べましたがイディッシュの新聞もあったり、また文学、演劇も盛んでした。ところが、次第にアメリカ英語に駆逐されました。 この典型的なのが、60年代に大ヒットした「屋根の上のヴァイオリン弾き」でしょう。これの原作はショレム・アレイヒムというイディッシュ作家の作品で元々イディッシュで上演されたミュージカルです。ところが、ブロードウェイで大ヒットしたときにはアメリカ英語になっていました。 また、世界的に有名なフォークソングの「ドナドナ」はホロコーストの惨劇の中で生まれたイディッシュの歌謡ですが、これも英語になっています。 いずれにせよ、ナチスの虐殺が無ければイディッシュは今でも広く話し続けられていたに違いはないでしょう。 特に東欧のユダヤ人の歌は、独特の旋律があり今でもひろく愛され生き続けています。ひょっとすれば、この伝統は歌で復活するかもしれないと期待しています。オリジナルはすばらしいですよ。 > > > 私が言いたいことは、植民地時代に言語を奪われかかった朝鮮人の体験がいかに深刻なものであったということです。SONGさんのいうように、抑圧側にとっては思いがけないような深刻な事態をもたらすものです。北朝鮮や韓国における漢字の排除は、はたして民族文化にどのような貢献をするのかは疑問です。ここにも植民地支配の影響があるのではないでしょうか。 > > > このことも同様ですが、韓国や朝鮮の漢字排除(私が言及したのは日本式の「漢字熟語」排除であって漢字ではありませんが)、いったいどのような意味で「植民地支配の影響」と言えるのかということです。 > 韓国では確か60年代に漢字を教えなくなった時期がありました。ハングル一本でやったのですが、この世代では漢字は自分の名前しか書けないひともいます。北の共和国では徹底的にハングルだけです。 このことは、韓国ではいつも問題になっていて、漢字教育復活運動が長くあります。 日本式の漢字熟語の排除については、知らないのですが、韓国の知識人は逆に日本人よりも漢字をよく知っている人が多いので、日本でできた熟語を自分たちでより良いものにするのであればそれは、それで当然でしょう。多彩なのは結構なことです。具体的には忘れてしまったのですが、日本人が漢字にしようとして出来ないカタカナ英語を、韓国では立派な熟語にしているのに気づいたことがあります。 記憶にあるのは、これは中国での例ですが、あちこちに「急便」と書いた看板があるので、中国でも宅急便が普及したのかとおもったら、これがなんとコンビニなのですね。 英語の意味をちゃんとつたえているし、カタカナ英語よりましでしょう。 わたしは、韓国でも日本程度には漢字教育を復活した方がよいと言う意見です。漢語の語源が多い、ベトナムでもしてほしいのですが、ちょっと無理かもしれません。 ヨーロッパでは、インテリどうしが、いざとなればラテン語ではなしますが、東アジアでも、庶民がいざとなれば、筆談ができますからね。わたしは中国でよくやります。 さて、tpknさんは、韓国ですら日本の映画や文芸作品を解禁したのが、つい数年まえであることをご存知でしょう。こちらからは過剰と見える拒否反応が、被害の側では長く続くのは自然なことでもあるのです。 先週、ドイツの大統領がイスラエルの国会で演説しましたが、現在では議員のなかでホロコーストの生存者はたった一人になっているにもかかわらず、それがドイツ語でなされることが耐え難いとして、三分の一以上の議員が欠席しました。 加害者の言語を聴くと狂気のようになる親をもつ世代にもトラウマは受け継がれていくのです。 > 言うまでもないことですが、被害者/被害民族であることがそのままそのその民族が完全に正義でイノセントであることを意味するわけがありません。2000年にわたり被抑圧民であり、ポグロムとホロコーストの被害者であったユダヤ人の、イスラエル建国をめぐるアラブ人(パレスティナ人)に対する抑圧や、自国内でのユダヤ人間での“人種差別”(と言って言いと思う)の“加害者”となったその歴史など、典型的な例でしょう。 > > 一方で被害者であるパレスティナ人もまた、イノセントな存在であり続けることはできません。そこで特に森永さんにお聞きしたいんだけど、パレスティナ“過激派”(でもゲリラでもなんでもいいけど)による自爆テロのターゲットの多くが、中産階級以上のユダヤ人のイスラエル人にとって乗ることを避けられるバスであったり、移民労働者も多い(どちらかといえば)貧困地区であったりする結果、多くの中国人が犠牲になっていることについては、どうお考えでしょうか? (イスラエル側の発信したデマ情報である、なんてのはなしにして下さい。現に殺されています)。 > > 被害者であること/被害者であったことに凝り固まったとき、その民族は極めて危険な方向に進んでしまうことは多々あります。というよりも、意識として「被害者であること/被害者であったこと/被害者になる可能性」こそ、狭量なナショナリズムを生み出す最大の動機であるとも言えるかもしれません。 > > ポグロムがもっとも激しかったのも、ドイツとロシア双方の抑圧に耐え忍んで来たポーランドでした。ナチス占領下では多くのポーランド人が密告などでホロコーストに協力し、また自らユダヤ人虐殺に手を染めたことも、最近ポーランド政府自身が認めました。 > > むろん一方で、ユダヤ人をかくまったポーランド人もまたたくさんいます。民族間の対立を、一方を被害者である正義、加害者である悪とだけみなして十把一絡げに考えてしまう意識の構造そのものが、対立を継続させるしかない二項対立を生み出してしまうだけで終わってしまうとも思えます。 > > むろんバカ単純な二項対立否定もまた、ただの裏返しで根本的には同じメンタリティの枠内から出ていない限界をいずれ曝け出すでしょう。本当に必要なのは、別の視点を選択することで自らをその対立図式から解放することではないかと思いますが、どうでしょうか?>SONGさん。 > > 日本民族と朝鮮民族の二項対立に“挟まれた”格好の在日のポジションこそ、その視点に立ちうる可能性を秘めているようにも思えるのですが。 |
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