| 32757 | 返信 | Re:「ドイツ語」を話すユダヤ人 | URL | 水原文人 | 2005/02/07 05:18 | |
| > ひょっとしたら、将来イスラエルではパレスチナ人のヘブライ語の会話の先生が登場するかもしれませんね。今ではありえないことですが。 あの…、今でもあり得ないことではないと思いますが。 むろん「パレスティナ人」の定義にもよりまして、イスラエル市民権を持つ者を「イスラエル・アラブ」として「パレスティナ人」に入れたがらない人々が主にパレスティナの外、たとえば日本に存在するわけですが、「イスラエル・アラブ」の民族的な自己認識は基本的にパレスティナ人です。イスラエル国内で現実には差別があるとはいえ職業選択の自由は保証されているわけですから教師になるかも知れませんし、また軍隊に徴兵されたときに戦闘部隊に入りたくないときのひとつの選択肢は教育部隊(新移民の新兵などにヘブライ語と英語を教える)です。 どっちにしろ「イスラエル・アラブ」はもちろん、パレスティナ人のかなりの部分は、ヘブライ語ができます。下手すれば、こと専門性があったり高度にインテリ的な会話の場合、アラビア語よりもヘブライ語の方ができる人すらいます。高等教育を受けようとしたら、基本的にイスラエルの教育システムに入らなければならないからです。アラブ文学、とくにパレスティナ文学の世界で最も充実した研究機関のひとつは、エルサレムのヘブライ大学ですし。ちなみにパレスティナ人の教授も多数います。 > アメリカでは、前にも述べましたがイディッシュの新聞もあったり、また文学、演劇も盛んでした。ところが、次第にアメリカ英語に駆逐されました。 逆に言えば、ユダヤ人の社会的ステータスが上がり中産階級化した結果、ユダヤ人がイディッシュを捨てた、とも言えるでしょう。 > いずれにせよ、ナチスの虐殺が無ければイディッシュは今でも広く話し続けられていたに違いはないでしょう。 ただそれを言ってしまえば、ナチスの虐殺がなければイスラエルは存在していなかったとか、アメリカにあれだけユダヤ人はいないだろうとか、もっとスケールの大きな話になってしまいますし、「歴史のもし」を語ることにしかならないと思いますよ。 > 特に東欧のユダヤ人の歌は、独特の旋律があり今でもひろく愛され生き続けています。ひょっとすれば、この伝統は歌で復活するかもしれないと期待しています。オリジナルはすばらしいですよ。 知ってます…。 > 記憶にあるのは、これは中国での例ですが、あちこちに「急便」と書いた看板があるので、中国でも宅急便が普及したのかとおもったら、これがなんとコンビニなのですね。 台湾では便利商店でした。中国は違うのかな? > 英語の意味をちゃんとつたえているし、カタカナ英語よりましでしょう。 ただカタカナ英語によって柔軟に外来語を取り込めることが、日本文化のメリットであるとも言えます。どっちもどっちでしょう、 > ヨーロッパでは、インテリどうしが、いざとなればラテン語ではなしますが、 えっ、そうですか? フランスでは中学校で必修で習いますけど、実際に使える人はごくごく稀ですし、インテリであればまず英語ができるんじゃないでしょうか? > 東アジアでも、庶民がいざとなれば、筆談ができますからね。わたしは中国でよくやります。 僕もやりますね。というか、みんなやるんじゃない? > さて、tpknさんは、韓国ですら日本の映画や文芸作品を解禁したのが、つい数年まえであることをご存知でしょう。こちらからは過剰と見える拒否反応が、被害の側では長く続くのは自然なことでもあるのです。 そういった傾向があること自体を、tpknさんは問題にしているのではないかと思いますが。ちなみに僕も問題視していますし、ことユダヤ人のホロコーストの記憶を背負ったパラノイアには、時々うんざりします。本気でアラブ人が、ナチスがやったようにユダヤ人を皆殺しにするつもりなのだという妄想は、そう思ってしまうことを理解はできますが、本当にあの土地で生き続けたいならある程度は忘れた方がいいでしょう。少なくともその選択肢は考えた方がいい。 > 先週、ドイツの大統領がイスラエルの国会で演説しましたが、現在では議員のなかでホロコーストの生存者はたった一人になっているにもかかわらず、それがドイツ語でなされることが耐え難いとして、三分の一以上の議員が欠席しました。 だからこういうことは絶対にやめるべきだと思います。またことこの場合、「ドイツ語でなされることが耐え難い」と言うのは本人の感情よりは、政治的ジェスチャーでしょう。どの党の議員が多かったのか調べてみたくなります。たぶんリクードでしょうが。 > 加害者の言語を聴くと狂気のようになる親をもつ世代にもトラウマは受け継がれていくのです。 当事者の世代であればやむを得ないとは思います。でもトラウマの歴史を民族アイデンティティの意識/無意識の中枢に据えてしまうことには、大きな問題があります。イスラエルとパレスティナの50数年の歴史は、お互いの歴史的トラウマを強調することで自らの正当性を確保しようとする不毛な競争になりつつあります。この対立の構図自体をなんとかしなければ、共倒れになるしかない。歴史は歴史として、それを冷静に受け止めながら未来を志向すべき段階に来ていると思います。 少なくとも退場しなかった議員たちや、イスラエルではじめてヴァーグナーを生演奏したダニエル・バレンボイムのような人々の側に、僕自身は自らの政治的立場を置きたいと思います。 もっとも、ヴァーグナー自体が音楽的には嫌いなんだけど… イディッシュ語の消失までナチスのホロコーストにその原因を一元的に求めてしまうのは、極端に過ぎることだと思いますし、イディッシュ語を第1言語として来たユダヤ人自身がその言語を捨てようとした、あるいは捨てざるを得なかった現状を無視していることになると思います。 だいたいポーランド人がヨーロッパ、とくに中欧では「バカ」の代名詞のようになっていることのパラレルとして、アシュケナージでありながらポーランド系ユダヤ人はイスラエル社会において必ずしもエリートではありません−−というか、バカにされているところがあります。まあ確かに、ポーランド人というのは困った”人種”なんですけど(いいかげん、単純、やたら感情的、すぐ泣く、被害妄想、なんでも人のせい、なんの根拠もなく自分達は世界一だと思ってる、狂信的なカトリックで狂信的なナショナリスト、などなど)←あくまでステレオタイプです。 それと直接結びつくわけでもないでしょうが、建国直後から40年以上、イディッシュ語をしゃべることはイスラエル社会では差別対象でもあったのです。そのことに目をつむることは、結果として外ではイディッシュ語がしゃべれなかったホロコースト生き残りの人々のその後の苦労を無視することになりませんか? 朝鮮民族と日本との関係を単純にドイツとユダヤ人と比較するのも疑問ではありますが(前者は植民地支配、後者は民族殲滅政策)、「被害者意識」という点では同じような問題はあるでしょう。どちらのケースでも被害のトラウマの歴史が民族アイデンティティの核とされている部分は確かにあります。それはそれで現実として認め理解することは無論重要ですが、全面的に正当化できるかどうかはまた別問題です。 韓国社会に被害のトラウマが重大な影響を与え、それが韓国社会をある意味歪んだものにして来た面もあると思います。先頃NHKの番組改編騒動でまたまた話題になった従軍慰安婦問題の大きな主役は韓国・朝鮮人慰安婦ですが、もちろん根本的な加害が日本の責任であることは当然ですが、それとは別次元の問題として彼女たちがほんの10数年前までほとんど無視されて来た理由のひとつが韓国文化の儒教的な文化が父権的/女性蔑視的な社会を作り出して来たことは、それはそれで無視すべきではないでしょう。ひとことで言えば、彼女たちは日本軍に陵辱された体験の後、今度は「ふしだらだ」という自分達の直接の周囲=韓国社会によって差別されて来てもいたわけです。 また韓国では与党が、おそらくは保守派野党からの攻撃を避けるための政策として、日本時代の対日協力者をまたぞろあぶり出すことが始まっているそうですが、こうしたことが韓国社会にとって健全なことなのかどうかはかなり疑わしく思えます。異民族による占領や支配があれば、そこでは必ず社会の様々なレベルでの支配者に対する協力が起ります。裏切りと言ってしまえばそれまでではありますが、「裏切る」こともまた個々人の生存のための苦渋の選択であったことを無視するのはあまり健全な人間観だとは思えませんし、それを政争の道具にすることはやはり問題でしょう。 もう60年経つわけで、前の世代が自分達の苦しみを、たとえそれがどんなに重い記憶であったとしても、次の世代に吹き込み、押しつけ、継承させて行こうとしているとしたら、それはかなりいやらしい父権制の一側面ではないかと思います。それを継承させることで次の世代、次の次の世代がそのトラウマに拘束され、地球が移動時間/コミュニケーション手段的にどんどん狭くなって、世界中が「隣人」となろうとしている時代に生きて行くことに支障が生じるのなら、それは決してほめられたことではないでしょうし、そのトラウマの記憶を国内の引き締めとか単純化されたナリョナリズムの醸成に利用しようとしているのなら、そういった思想や傾向についてはどこの国についてであろうと距離を置かざるを得ません。 「被害者であること/被害者であったこと/被害者になる可能性」を潜在的動機として持つナショナリズムは、必然的にその社会を病的なものにすると思います。 もっとも、韓国については、ここまで記憶が尾を引いている原因のひとつが、日本が未だに「謝罪」を忌避し続けているところにあることは言うまでもありませんが。 |
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