| 33022 | 返信 | リーさん Re:北朝鮮も核兵器保有・・・ | URL | そよか | 2005/02/18 15:52 | |
こんにちは。 そもそもリーさんと基本認識、日本(人)に対する危機感は同じなのです。 だから、自分の考えを自分で突き詰め見つめてみるというか、 ディペードの訓練の「自己の考えと反対の立場で述べてみる」みたいな感じなのです。 ありがとうございます。 > 私はむしろ国連の警告の対象は、石原を生み出した森に向 > けられたメッセージとして受け止める必要があるように思います。もっとも森に都 > 合の悪い情報は常に小さく扱われる状況にありますけれども。 > はい。国連人権委員会からは森そのものにも勧告を出されてしまいました。 「被差別部落問題」に対して。 はい、その傾向は常に指摘されていますね。 捕鯨問題の時等に、こちらの常連でいらしたヨーロッパ在住の恋熊さんが「飛翔板」で何度もそのことを指摘、現地ではどのように報道=認識=されているかを詳しく話してくださっていました。 やるせないことですが、「小さく」ならまだマシだと思えます。 > > 日本の外交を「内側」からみても、よい評価にはならないようですね。日本の外 > 交の対象となっている「外側」からの評価が、「内側」の人々にほとんど伝わら > ないシステムになっていることは残念であり、問題を感じてきたものでした。 > はい。それはBBSを開き始めてから常に感じてきたものです。 そして、無念ながら「知らない、見ようとしない、考えようとしないetc」ゆえに段々と『「内側」からみて、よい評価』を「させられている」人達が多くなってきているように思います。 > > 希望が見出せず自殺してしまう人々、あるいは自殺を毎日意識している人々。 > 近年の日本は実際に毎日約100人が自殺している統計になるという。 はい、この傾向、現実も何度も「飛翔板」で警告しているのです。 > したがって極端にいえば、絶望という現実の理解なくして、本当の希望を見出す > ことはできないのではないかと思っているのです。 > アフガンへの派兵の時頃から急速に「絶望感」が迫ってきています。 でも、くじけず希望を持って自分の訴えられるところから訴えていきましょう。 > 日本の戦争参加は、朝鮮戦争やベトナム戦争だけではありません。湾岸、アフガン、 > イラク、も日本が参加した戦争です。 はい、湾岸からはこの目、実体験でそれを認識してはいます。 でも、「実戦」に伴う歯止めは少なくとも現在までのところは憲法9条がしていると思うのです。 日本人国連職員でアフガン方面担当だった方の言葉が今でも忘れられません: 「アフガンの長老が、”我々は内陸にいるのになぜ日本は海から攻めてくるのか?(爆弾等が)当たるわけないだろう?”と不思議がっていた」 ペシャワール会の中村さんから直接伺った話しでは、アフガンの方達の認識は「日本は我々を攻めてきた。だか君達は友達だ。」というようなことでした。アフガンの方達にとっては、攻撃国に日本は確実に入っているようでその歴史は残るでしょう。無念です、悲しいです。 > むしろ日本が米国の意向を無視して、独自で戦争をすることは事実上できなくなっています。 > 以前当時首相だった中曽根さんが「日本は(アメリカの)不沈空母だ」とか言ったのですよね。 現在は、アメリカの司令部(の一部)を日本に置くような情勢ですよね。 > 日本国内での地上戦や自衛隊派遣の有無だけをもって戦争参加へのカウントとするのは、反戦活動から対極の位置にある捉え方ではないでしょうか? > 「井の中の蛙」状態から戦争の肯定や賛美をする人々よりも、むしろ日本は戦争をし > ていないという自覚を有している人々のほうが、私はむなしくも恐ろしく感じます。 > ムムム、だからですね、↑のような認識ではありますが、「実戦」には参加していない。 って、無理でしょうかしらね? 実は...、イラクのことで「飛翔板」で訴えていたのが、「日本はイラクで戦争に参加していることを見つめてください」ということでした。 ウ〜〜ム、我ながら言うことが矛盾しているなぁ〜〜と.....。 > ちなみに、地球規模での米国における軍事力は6割、日米軍事同盟によって7割にな > るともいわれています。残りの3割がヨーロッパや中国等々だそうです。 > 軍事力において日本は決して「張子の虎」ではありません。 > 私がお聞きしたのは5年くらい前だったのですね。イージズ艦や空中給油機を云々の頃でした。 その後、それらを配備して急速に「実戦向け」になったのでしょうね。 > 国債と放射能とでは、未来の子孫にどちらが深刻なツケとなるかは、劣化ウランの放射能で苦>しむアフガンやイラクを見るまでもなく自明だと思います。 > はい。わかります。 > > 原発政策を転換した欧米では、電気の恩恵を変わらずに受けており、国全体で > 電力消費を抑えてもいないし、そのために生活が不便にもなっていません。 > 比較すれば日本とのちがいが一点のみにあることに気がつくはずです。それは > 原発にノーをつきつけた国民と、原発を曖昧なままで肯定している日本国民と > の差異です。 > どういう実態のノーなのでしょうか? 私は現在稼動しているものは仕方ないだろうって思うのですが? で、昨年末ドイツで受けた感想です。 http://otd2.jbbs.livedoor.jp/224228/bbs_plain?base=350&range=1 私にも染み付いている「使い捨て」を反省しないといけません。 > 技術者は機械ではなく人間ですから、原発の危険や限界を確信犯的に無視して > しまうのです。人間には善意や悪意がありますが、大勢の人々に被害をもたら > す危険や限界を無視できるのは、善意ある技術者ではないと思います。 > 意識的に無視しているわけではないと思います。 > > でも濃縮された高濃度プルトニウム溶液を、危険性も教育されずに、バケツで > 運んで死んでいった作業者が悪いという報道もありましたね。 そんな報道=見解=するほうが救いがたいアホなのです。 そういう報道した記者は、理のある批判で自分の愚かさに気が付いたと思います。 > 被爆地である広島の市長が国連等の場で、すべての核兵器廃絶 > を訴えても、被爆国である日本政府が決して核兵器を公式に否定するこができない > 差や理由を考えてみる必要があるのではないでしょうか。 > 「作らず、持たず」は厳守していると思います。 日本政府は核兵器を公式に否定していませんか? だったら毎年の広島・長崎での首相の言動はどうなるのでしょうか? > 在日米軍基地には核兵器があります。いつだったか日本の国会でそのことが議題 > となったことがありました。持ち込まれている核兵器の存在について、政府は確 > 認することはしないという答弁でしたね。確認しないという根拠は米軍を信頼し > ているからとのことでした。対して米軍の高官たちは、日本に核兵器を持ち込ん > だことを言及しており、日本政府から確認の要請があれば、核兵器の存在につい > て言及するとも回答していました。 > つまりそこ(日本国内)にある核兵器について、政府は米国に対しては絶対に確 > 認できないわけです。「非核三原則」とは、架空の政治ショーにおける小道具で > しかありません。 > 「持ち込み」については古く、佐藤栄作首相がアメリカに承諾したことが明るみにはでていますね。 キッシンジャー回想録でも日本政府は持ち込みを理解していたと暴露しましたね。 だから、初めに(非核三原則も)「ある程度」生きていると言ったのです。 後の二つに期待しましょう。 てか、世界の人達で監視しましょう! > それは不可能です。「平和憲法」も「非核三原則」も、すでに壊れているからで > す。壊れているものを「最後の砦」にはできないし、「死守」する価値もありま > せん。国民不在の憲法解釈論で壊れてしまった憲法に対してできることは、露骨 > にまちがった解釈の是正をすることしかないと思います。 > はい、そうしましょう。有権者の義務として。 半死半生でもそれは生きている。 だから日本は他国を「実戦で攻撃はしていない=出来ない=」 はぁ〜〜、苦しいですねぇ〜、詭弁に近くなりますが、それしか今の日本を立ち止まらせる手段はないのではないでしょうか? なんとしても無能な政府がこのまま戦争に突き進むのを阻止しなくっては! 昨日の新聞の世論調査で時期首相に相応しい人に、かの安倍さんが一位だったようです。 もう、最低..... > いずれにせよ事実は歴史に刻まれると思いますが、反戦家の意図だけは継承されて > いかないシステムになっていることが残念でなりません。 > その歴史の歪曲がなされつつある日本(の教科書)なのでした..... > 明治から現代において戦争を肯定する政府を支えてきた人々 > の消滅という意味での投稿でした。 > まったく賛成です。異議無し!です。 > 内戦で埋められた爆弾の処理よりも、自国(日本)がばらまいた爆弾の処理を > するのがまっとうだと思います。 > はい、しかし当時カンボジアでは毎日不発弾による痛ましい事故が起っている状態でした。 急を要するときだったのです。 で、なぜ日本政府はそれをしないのですか? > > 残念ながら被害地の被害者に、その「真心」は届いていません。なぜなら伝える > 努力を成した形跡がないからです。 > つくづくだめな政府ですね。 > ひょっとしたら、だから首相になれなかったのかも知れませんね。 > はい、彼は「自民党」の中では「政治家」としては綺麗すぎたと思います。 > > 届いていない真心は、最初から現在まで有効な時期はなかったように記憶してます。 > 実に無念です。 > > 殺されたり、苦しみながら死んでいった人々にも、希望を抱いてもらえるように > できればよかったですね。 > 同感です。 > そう感じてしまうようなシステムを政府は構築してきたと思います。 農耕民族である日本民族の特徴なのかもしれません。 > コントロールするほうの問題は、わかりやすいのでしょうが、コントロールされて > しまう側の責任が自覚できなければ、愛される国になれる可能性から絶無になって > しまうと思います。 > そうですね、最近の流れからは切にそう感じます。 「烏合の衆よ、目を覚ませ!」ですね > > 砂時計の砂がサラサラと落ちていきます。完全に落ちてしまうまでには、まだ砂が > 残っているというような希望に私には映ります。 > はい、まだ残っているうちに逆さにするのです。 それが出来なかった時、日本の瓦解が始まるでしょう。 > > あきらめているつもりはありません。ただ戦争は、まるでスポーツのような根性 > やがんばりではどうにもならない代物です。生き延びることだけを念頭におかな > ければならない時代が、もうそこまで迫っているということを自覚する時期だと > 考えることが多くなってきました。 > 同感です。 > たとえば、日本の四季をはじめとする自然は好きです。それをものすごい速度で > 壊してきた政策を実施してきた日本政府。 ↑「風狂板」でも述べていますように、それを切実に思います。 平安の昔から親しまれてきた行政と民間との癒着・環境破壊の象徴「一条山」がやっと修復にむけて動き出しました。 でも破壊してしまった自然(山)は元には戻らないのです。 http://www.cyber.kyoto-art.ac.jp/raunge/doso/topics/01t_nara/mohikan.html > そして愛国心に無縁な私は、「好き嫌い」という二分法で問われると、嫌いなほうに位置する>ように思われます。 > 充分な反論が出来ない以上仕方ないことかもしれません。 でも日本の四季が好きでいてくださって嬉しいです。 リーさんとお話ししていると従姉妹を思い出します。 彼女は大学時代一年間推薦留学で行ったアメリカのほうが自分には合っていると言って大学卒業後、学費を貯め州立大学の院を選び(差別と戦いながら)アメリカの人となりました。 |
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