| 33033 | 返信 | ホロコーストに対する「罪」と「責任」と「謝罪」 | URL | 小林 哲夫 | 2005/02/19 05:33 | |
| Gaou さん こんにちは SONG さん さようなら >『何でお前に謝ってもらわんならあかんのや?(SONG さん)』 Gaou さん はSONG さんの上の部分が、彼自身の考えだと言う趣旨ですね。 そしてgaou さん も彼と同じ考えだと書いていると読みました。 つまり「自分が直接やっていないことに対して、あやまる必要はない」という意味で宜しいでしょうか? 「謝罪の必要性」と言うことを言い出すと議論がややこしくなるので、私はあえて無視したのですが、もしこれも加えたいと言うことでしたら、宜しかったらこの三つについてgaou さん の考えを聞きたいものです。 つまり「罪」と「責任」と「謝罪」の関係です。 「罪は無い」けれど、「責任はある」、しかし「謝罪の必要はない」という複雑な感情をそれぞれ分けて説明いただけたら有り難いのですが・・・・。 ただし「罪」と言う言葉が、「犯罪」(法的な有罪性)と言う限定的な意味でしたら、やってない者が有罪になるはずがありませんから、それは当然のこととして理解できます。 SONG さんが言っていることって、かつて高市早苗とかいう議員が、「私の生まれる前のことです。そんなことは私には何の関係もありません!」と言い放ったと記憶していますが(記憶あやふや)、あれとどう違うのでしょうか? そもそも「罪は無いが責任だけはある」という言い方が不自然であり、無理があると思いませんか? それではgaou さん が「責任がある」と考えるのは、どのような範囲の人なのでしょうか? ドイツ人には全て責任があるのですか? フランス人はどうですか?イタリア人はどうですか? ポーランド人はどうですか?ロシア人はどうですか? それとも国籍で名指しするのはいけないことでしょうか? |
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