| 33101 | 返信 | Re:ホロコーストに対する罪:シュレーダー演説の意味 | URL | 梶村太一郎 | 2005/02/21 04:59 | |
| おっちゃん、みなさん、おはようございます。 毒芋虫ちゃんが、せっかく食い付いたのにその投稿が消えていますので、しかたがないので、直接ではありませんが、大切な点について以下、簡単にお答えしておきます。 毒芋虫ちゃんが、何も知らずにシュレーダー演説を誤解した投稿に対して、わたしは その書き込みのアナロジーとして33038でこう書きました: >「南京大虐殺が日本国民の支持・了解のもとに粛々と行われたということをきちんと了解していれば、毒芋虫のような台詞は口が腐っても出ないでしょう」 >このような主張について、あなたはどのように考えますか? 注意して読んでもらえばわかるように、これは私の意見として書いているのではありません。アナロジーで、疑似餌だったのです。 すると、芋虫ちゃんは、たちまちノドチンコが見えるような大口を開けて(彼か彼女か知りませんが、大きな口で声だけは大きいようです)たちまち食いついてきました。 残念ながらその投稿は消されています。大口のあけ過ぎのせいかも知れませんが。 ともかく、わたしの意見であるかのごとく誤解して疑似餌に食いついて来たのです。 「南京大虐殺が日本国民の支持・了解のもとに粛々と行われた」と言うのは、間違って いますからね。正しくは、百人切りも「敵兵を戦場で白兵戦で倒した」と報道を信じて、日本国民は提灯行列をやったのです。捕虜の大虐殺などは現場の軍隊しか知らなかったのです。 おなじことが「ホロコーストがドイツ国民の支持・了解のもとに粛々と行われた」との 毒芋虫ちゃんの思い込みにも言えます。これは間違いです。 なぜ間違っているかについては、簡単に説明することはできませんが、 とほほさんと、おっちゃんのこの対話に即して答えましょう: とほほさん: > >ですから「南京虐殺は日本軍と彼らの援助者たち」とあえて限定する事は(日本史において)何を意味するか、と言うことを問うているのではないですか? > おっちゃん: > 私の専門ではないのですが、何か違う感じがしますね。 > 「親衛隊=ドイツ軍」ではないような気がするのですが? > ですから「親衛隊」を「日本軍」に置き換えるような論理をそのまま素通りさせるわけにはいきません。 このお二人の意見はどちらも正しいのです。(毒芋虫ちゃんが疑似餌に食いつくのを待っていたので、すぐには返事しませんでした) ナチスの親衛隊は伝統的なドイツ国防軍とは全く別のものです。これはナチ党の私兵組織です。もともと伝統的にはSA・突撃隊というのが力を持っていましたが、主導権争いでヒトラーの命令で突撃隊長が暗殺され、SS・親衛隊がナチスの武装組織として主導権を握りました。ヒムラーが親玉です。 ホロコーストの定義はこれまた難しいのですが、シュレーダー演説から引用すれば: 広義では: 『何百万人という子供たち、女性と男性たちが、ドイツの親衛隊隊員と彼らの援助者たちによって、ガスで窒息死させられ、餓死させられ、銃殺されました。 全ヨーッパのユダヤ人、シンチ・ロマ、ホモセクシャル、政治的敵対者、戦争捕虜、そして抵抗運動の闘士たちが、冷たい工業的な完璧さによって殲滅され、または死にいた るまで奴隷化されました。』 ここでは、広義のホロコーストについては多すぎるので述べません。 また、狭義では: 『ヘウムノ、ベウジェッツ、ソビブール、トレブリンカ、マイダネック、そしてアウシュヴィッツ・ビルケナウ、(訳注3)これらが、犠牲者たちの歴史に、しかしまた、ヨーロッパとドイツの歴史に、これからも結びついた名前であり続けるでしょう。そのことを私たちは知っております。 (訳注3)二酸化炭素や青酸ガスで工業的に大量殺人を行なった殺人工場施設があった地名』 での殺人工場での大量虐殺です。 一般的には、この狭義の方をホロコーストと呼んでいます。これらの大量殺人施設の犠牲者となったのは、ガス殺の実験で殺されたソ連兵を例外として、すべてが、「人非人」とされたユダヤ人とシンチ・ロマです。 この狭義のホロコースト、すなわち特定の民族全体を虐殺しようとする行為は、日本軍の戦争犯罪にはありませんでした。日本軍は、中国人をアメリカ人を地球上から抹殺しようとは考えませんでした。たとえ、中国人の犠牲者1200万人がホロコーストの犠牲者より多くとも、ガス室での殺人とは、犯罪の質が違うのです。 したがって、「南京大虐殺=ホロコースト」、「平頂山虐殺=ホロコースト」といった比較やアナロジーは、間違いです。南京も平頂山も大量虐殺であったとしても、民族(浄化)虐殺ではありません。ナチイデオロギーは日本軍国主義のイデオロギーとは別のものです。 さて、このような狭義の「ホロコーストはドイツ国民の支持・了解のもとに粛々と行われた」ものではありません。実行したのはヒムラーの SSであり、強制収容所はそのなかのエリート組織、武装親衛隊・WaffenSS(黒の軍服で軍帽の徽章が髑髏でおなじみ)の管轄でした。 強制収容所はナチスが権力奪取してすぐにドイツ国内に建設が始められましたから、ドイツの市民にもその存在はよく知られていましたが、シュレーダー演説にある大量殺人工場を備えた収容所は、すべてポーランドに建設されたものです。いずれにせよガスによるホロコーストは極秘の内に実行されました。 それでも、時間が経つにつれドイツ国内でも、ひそかに噂がながれていたことは確かですが(ヒムラーのゲシュタポの耳に入れば、それこそ収容所行きになるので命がけののうわさ話です)、仮にそれを聞いても、信じられないこととするか、あるいは敵の謀略宣伝だと考えたのが普通であり、またほとんどのドイツ市民は本当に戦後になるまで 知りませんでした。 戦後になってこれらの事実が次第に明らかになってきたときのドイツ社会のショックは大変なものでした。 シュレーダー演説にある: 『私たちは、いかなる人間の想像力をも超えてしまった把握できないものを把握しようと望むのです。私たちは最後の答えを無駄に求め続けているのです。』 あるいは、 『それまでのヨーロッパの数千年の文化と文明には、これより深い亀裂が起こったことはありませんでした。戦後になってこの歴史的な亀裂の全体的像が把握されるまでには、かなりの時間がかかりました。』 といった言葉は、そのことを示しています。 また、東部ロシア戦線での特殊警察豚による大量銃殺などの史実にいたっては、公然と史実が語られだし、それに関連するドイツ国防軍の犯罪が一般市民に知られるようになったのは、なんと冷戦後の1990年代になってからなのです。 ともあれ、ホロコースト(戦後になって人道に対する罪とされた)と、またその他の戦争犯罪について、ドイツ市民は、戦後60年、延々とかかって重荷を次々と背負いながら、今では孫の世代に全うな歴史認識を伝えることを大統領、首相以下が主要な課題としていることだけは間違いありません。 シュレダー演説はそのひとつの表現なのです。 以上、ご参考まで。 |
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