| 33301 | 返信 | 三笠宮と「平和に対する罪」(2) | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/01 19:53 | |
| 梶村太一郎さん こんにちは 梶村太一郎さんは私との応答責任を放棄されたようなので、これからは私の一方的な推定で話を進めます。もちろん抗議は受け付けます。 梶村太一郎さんは三笠宮演説について、その当時そういう罪は存在しなかったから、もちろん「殿下に平和に対する罪は無い」と言っています。 「平和に対する罪」と言うのは、アメリカが東京裁判に際して、勝手に作り上げた罪だから、そんな罪は問題にならない、という考えのようです。 東京裁判が法律的に根拠の無い裁判だったという考えには、私も梶村太一郎さんに同感ですので、ここまでは一致します。 しかしながら梶村太一郎さんは法律的に罪が無いから、当然三笠宮には何の罪も無い、と続くようなので、この点に私は反対です。 私は三笠宮にもある意味で罪があったし、責任が否定できないと考えます。 もし三笠宮が「戦争は私には関係の無いことです、」などと発言したら、私としては物凄い反感を持ちます。 ところが梶村太一郎さんは暴虐兵士批判の演説の故に、三笠宮には罪も責任も無いと考えている様子で、不思議だなあ、と思います。 私は三笠宮個人を論じているのではなくて、昭和天皇のことをダブらせて考えています。 三笠宮に罪が無いということは、昭和天皇にも罪は無いということですから、梶村太一郎さんにとって、本当にこれで良いのかと不思議なのです。 確か以前に梶村太一郎さんは「天皇が東京裁判で裁かれなかったのが残念だ!」と書いていたように覚えていますが、これと矛盾すると思います。 天皇と三笠宮との違いは、単に「天皇の地位に無かった」と言うだけだと思います。 天皇の地位と言うのは世襲によるもので、本人の責任ではありません。 世襲の地位に伴う業務を忠実に遂行しただけの人については、その責任は問わないという法律的原則があります。 天皇の地位にあったことの責任は勿論ありますが、しかし法的に追求できるものでは無いと思います。 とすると三笠宮と天皇の戦争責任は同じ地平で判断すべきと思います。 そのような意味で「三笠宮の平和に対する罪は有り」と私は考えます。 異論のある方は遠慮なく横レスをお願いします。 |
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