| 33372 | 返信 | RE:朝鮮に対する謝罪(三笠宮の問題) | URL | 五番街 | 2005/03/04 03:49 | |
| >コメントを有難うございます。(小林哲夫さん) これで小林さんのご理解が得られたようですから、以降、「東京裁判は、無法なものだった」という見解は破棄して下さい。 >出来ましたら、「三笠宮の平和に対する罪」をどう考えるか、ご自身の考えを先ず聞かせてもらえないでしょうか?(同) 小林さんが引用した三笠宮の発言を読む限り、彼は侵略犯罪(平和に対する罪)の自覚がなかったのだろうかな、と思います。 烏龍茶さんのコメントに補足しますと、おおざっぱに言えば、東京裁判以前に、国際社会では、次のような事例から、平和に対する罪、つまり侵略を犯罪とする認識が形成されていました。 1. 第一次世界大戦のドイツによる侵略行為について、前カイザルを追訴する決定がなされた。(ただし、追訴は実現しなかった。) 2. 不戦条約が締結された。 3. 日本の中国侵略が国際連盟で認識され、反対日本、棄権タイの圧倒的多数で、日本に対する撤退勧告決議が承認された。その結果、日本は国際連盟を脱退。 したがって、「平和に対する罪」を事後法とみなす見解は正確なものではないことになります。すでに第一次大戦後に、侵略行為を、平和に対する罪とする、という国際社会の認識が存在したのです。 当時の日本の政府および軍部の首脳部は、国際連盟において中国侵略が認定され、国際社会の認識となっていたにも関わらず、国際連盟から脱退することで、その決議を尊重せず、自らの行為を侵略ではないと強弁して正当化していたのです。(したがって、もし敗戦になって、自分たちの身柄を捕獲された場合、平和に対する罪に問われる可能性があるとの自覚があって当然だ、とも思えます。) 三笠宮も同様に侵略行為ではないとの見解であったのかも知れませんし、国民の大多数も同様であったのかもしれません。 問題は、三笠宮に犯罪の認識があったか否かではなく、政府および軍部の首脳のように、侵略行為を主導していたか否かという点です。彼が国民に対して主導する立場にあり、また、じっさいに主導していたことが証拠によって証明されるならば、平和に対する罪を犯した戦犯ということになるでしょう。 しかしそうではなく、多くの国民と同様に、政府および軍部によって主導される側にいたのであれば、罪は問われないことになります。 この点については、私自身は特定の見解をもっていませんが、彼が、政府の政策決定や軍の戦略決定に関与してはいなかったように思えますので、罪はないのかも知れない、と思います。 |
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