33459 返信 Re:じんけん URL しようない 2005/03/07 22:29
> しょうないさん
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> > あっ、当方はもちろんあの人たちを「一般人民」ましてやその「利益の擁護者」などというつもりは毛頭ありませんよ。しかしそれを言うのなら30年間も国の護りのために命をかけている人々のところで「30年間欠かさず反戦演説をした」某ビラ事件の当事者、「パレード」の際に機動隊の盾を蹴った某事件の当事者、卒業式で「君が代を歌わないでください」と騒いだ御仁も似たようなものでしょう。
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> 何度も書いていることを繰り返しますが、それらの行為と町中で現住建造物に拳銃を発射するような行為がいったいどうして同列に論じられるのですか?

こちらも何度も書いていることを繰り返しますが、当方は建国義勇軍関係者の逮捕それ自体を「不当」と主張しているわけではありません。で、某ビラ事件や某パレード事件等の当事者は「量刑不当」と言っているのですか?彼らは逮捕それ自体を不当としているのではないのですか?

> > 特定の勢力が、ああいう方々の逮捕や家宅捜索を「市民の運動に対する弾圧」などと騒ぎ立てたところで一般人は「笛吹けど踊らず」というのはそんなに間違っていますか?
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> 間違っています。立川のチラシ事件の一件について「やりすぎだ」と思っている人は、私の知る限りかなり多い。「市民の運動に対する弾圧」云々はともかくとして、あんなことで逮捕するならうちにピンクチラシを投函する連中も逮捕しろよ、という意見もありますし、こんなことで逮捕されるなら、自分だって逮捕されちゃうよ、という人も多い。

仮にいたとしてもその背景には「情報の不完全性」があるでしょう。あの方々は30年間も国の護りに命をかけている人々のところで延々と反戦演説をやっていた。また「卒業式で家宅捜索」にしても、公教育を牛耳る勢力による「国歌、国旗弾圧」が背景にある。また、公教育現場で国や社会の護りに命をかけている人たちに敵意を持たせるような教育が行われることが少なからずある。そのへんのことを知らないと一般人でも「やりすぎだ」と思ってしまうかもしれませんね。

> > これは「怪我人もいない」に訂正いたします。
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> 死者もけが人もいない重大犯罪というのはいくらでもあります。通貨偽造も死者もけが人もいない犯罪ですが、無期または3年以上の懲役です。現住建造物に対する放火は、実際に死者けが人が出たか否かに関わらず、死刑または5年以上の懲役です。(現実には死者けが人が出ないで死刑ということはないでしょうが)

とりあえず「通貨偽造」は貨幣経済を損ないかねない重大な不法行為だと思います。また放火も延焼等で大惨事になりかねない犯罪ですが、とはいえ一人のけが人もでない事件で懲役15年求刑が簡単にでるでしょうか?


> > > 「真の民主主義」とはなんぞや。刀剣友の会のように銃撃や発火装置や脅迫状によって反対意見を圧殺することを「実害がない」と弁護するのが「真の民主主義」ですか。それが朝鮮「民主主義」人民共和国の「民主主義」とどこが違うのか、まったく謎ですね。
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> > はっ!当方がいつ「指導者の個人独裁」「指導者に対する全人民の服属」的な「民主主義」を主張しましたか?
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> いいえ、しかしあなたのいう「真の民主主義」なるものは、「多数派の意見を押し通すためには少数派の異論は圧殺してしまえ」という意図が露骨に透けて見えます。それは、単なる多数派の横暴というもので、民主主義でも何でもない。

そもそもそういうことなら安易にかの「共和国」に言及すべきではないでしょう。また当方は言論が言論にとどまるうちは、基本的に「異論」だろうがなんだろうがどのようなものでもかまわないと考えます。むしろ「反差別」の名の下、言論の自由の制限につながるような法制度を制定せよと主張する烏龍茶さんのような方のほうが余程「異論は圧殺してしまえ」でしょうに。


> > 誰が「イデオロギーの持ち主」であることそれ自体を以って「排除してしまえ」と主張したのでしょうか?
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> チラシ投函のために敷地内に入ったから「住居不法侵入」だとか、ペンネームで宅配便を送ったから「有印私文書偽造」だとか、そういう愚にもつかない微罪で人を逮捕するのは「イデオロギーの持ち主」であることそれ自体を以って「排除してしまえ」というのと何ら変わりません。
> 社会生活上いかなる法律にも違反せずに生きている人などというのはまずほとんど存在しないからです。そんな微罪で逮捕されるなら日本人の過半数が逮捕されたとしても不思議ではない。にもかかわらずあなたは気に入らない特定のイデオロギーの持ち主についてだけ逮捕を歓迎している。つまり「一般人」とは別の法的取扱をしろと言っているのに等しいわけです。

あの「ペンネームで」の方は逮捕時、23区のどこかの区長の「右傾化の糾弾」に行く途中だったようですね。上で述べたように特定の勢力の妨害によって公教育現場での国歌斉唱が妨害されたり、教科書採択が左右されるようなことになるのは問題です。ある「反差別派」(以前はこちらの掲示板によく投稿されていたようですが)の方が「社会的弱者の発言権を確保するために『汚い言論』は制限すべし」と主張されていますが、そういう論理が成り立つなら「サイレントマジョリティの権利の保護、多数決原理の確保のために、民意を代表できないのに結束力と行動力によって自分たちの主張をごり押ししようとする勢力の活動の制限はやむをえない」という論理があっても構わないのではないでしょうか?