33563 返信 Re:戦争協力は至極当然か?(完)追加 URL 梶村太一郎 2005/03/13 09:15
先の投稿に追加します。

戦時下の抵抗について、わたしは韓国の反共法国家保安法に関して
「季刊中帰連」の連載で触れていますのでその部分だけ引用します。

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「季刊中帰連」30号、2004年秋 ベルリン歳時記15
梶村「撫順の朝顔と獄中の哲学者」より一部引用:

 そこで意外に知られていないのは、この独裁政権の鋭い武器として使い続けられた反共法が、実は日本のの植民地時代の治安維持法をその根源にしていることから、拷問をふくむあらゆる手段で「思想転向」を強要する制度であることだ。七三年には「転向専担班」という拷問専門部署が設けられている。これらの事件の犠牲者で、わたしが個人的にも知っている尹伊桑、徐勝、徐俊植氏ら、自らの良心を守り非転向を貫いた政治犯たちのいずれもが、拷問の苦しみから逃れようと一度は獄中で自殺を図っている。それほど残酷な制度である。高名な作曲家尹伊桑氏は、第二次世界大戦中の一九四四年に郷里の統営で日本人警察官に拷問された体験がすでにある。それが祖国の「解放」後も続いていたのだ。
敗戦までは、日本国内でも多くの労働者、宗教人、知識人が特高警察の手で拷問され、思想転向を強要された。尾崎秀実は死刑となり、哲学者では戸坂潤、三木清の悲惨な獄死がある。生き残った体験者である哲学者古在由重は、一九六六年、次のように丸山真男に述べている(注3)。

古在 転向させるためには、拷問などで苦しめるほかにはあまり手はない。(中略)い  ちばんひどい目にあったのは朝鮮人です。青ぶくれになるまで竹刀で連打されて、房にかえされても、すわることさえできなかった。

丸山 私なんかのときもそうです。とくに朝鮮人はひどかった。(中略)

古在 ただ変な話だが、うれしくて忘れられないのは、一人の朝鮮人が僕にいってくれた言葉です。「自分たち朝鮮人は日本のどこにいても、いつも鮮人などとよばれて軽蔑され、ひどい目にあわされるけれども、僕らを少しも軽蔑しないのは、ほんとうに君たちだけだ」。この言葉は、忘れられない。(後略)

丸山 朝鮮の人も治安維持法ですか。

古在 そうです。これは何人もいましたが、みんなむごたらしい目にあいました。レーニンがいっているように、上は皇帝から下は巡査や看守の末端に至るまで自分の肩に天皇制という栄光と権威を持っていましたから。調べの仕方は日本人の場合よりもひどかったし、刑罰も重かった。

丸山 背後に後光がありますからね。

古在 刑事や検事たちも、全く見ていられないほどの非人道的な態度で彼らには臨んでいました。それらの態度を背後から支えていたのは、いま丸山さんのいわれた後光、明治以来の伝統的な絶対主義天皇制の後光です。

 では、韓国の国家保安法を現在も背後から支えているのは何か。それは、治安維持法から受け継いだ、そしていまだに日本にも残っている反共主義である。韓国では朝鮮戦争と分断の痛みにより、反共主義が国是であり、社会のアイディンテティーにまでなってしまっている。いったん「共産主義者」と疑われたら、パリアとなり社会から徹底的に排除される。人々は思考を停止するのだ。すなわち国の分断を社会の内部から固定しているのが反共主義であり、それの法的支柱が国家保安法である。

(注3)以下、『一哲学徒の苦難の道』古在由重・丸山真男、岩波現代文庫、丸山真男対話篇1の「留置場の思い出」より引用。