| 33572 | 返信 | 戦争協力は至極当然か?(追記) | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/13 22:00 | |
| 梶村太一郎さん こんにちは 上海さんは私にとって異星人と解ったので、降参しましたが、梶村太一郎さんは大人ですから、もう少し戦争協力問題を続けましょう。 梶村太一郎さんは「平時には、戦争反対を唱えているが、戦争になったら途端に戦争に協力するつもりだ!」と宣言している、と理解してよろしいでしょうか? 私はそんなに簡単に自分の信念を変える人は信用できないのですが・・・・? 梶村太一郎さんは、今はイラク戦争反対と言っているようですが、その内もう少し事情が深刻になってきたら、戦争に協力するつもりなのですか? そんなことを堂々と宣言されてしまっては、梶村太一郎さんが今言っている「反対」の発言が全く信ぜられません。 「戦争をどう考えるか?」ということについて、人によって色々の違った考えがあることは理解しています。 「反対」「賛成」「支持」「不支持」「協力」「不協力」 「礼賛」「煽る」「指導する」「命令する」 「反対行動をする」「反対組織を作る」「国家転覆を計画する」「敵を助ける」「抵抗する」「協力しない」「徴兵拒否をする」 「態度を表明しない」「何もしない」「解らない」「何かの趣味で紛らす」 梶村太一郎さんは、食堂のメニューみたいに並べて、その内の一つを状況に応じて選択するというのですか? 平時なら反対、戦時になったら礼賛・協力・煽るというメニューを選ぶのですか? 戦争にならない内は「反対」と言っていれば格好が良い、戦争になったら礼賛する方にまわるのが利口だという処世術ですか? こんな、その時によって態度をころころ変える生き方が好きなのですか? でも人には勧めない方が良いと思うのですが・・・。 要するに自分の信念というものが無いからこういうことになるのです。 私は戦争が嫌でいやでどうにもならないのです。 何とかして戦争のない世界になって欲しいのです。 もし戦争になってしまったとしても、その気持ちは変わりません。 そういう戦争嫌いな人間が、戦争になったとして、急に戦争礼賛になったり、率先的に戦争に協力したり、いわんや戦争を煽ったりするものでしょうか? そんなことは出来るはずがないと思うのですが。 梶村太一郎さんのようにその時々に態度を変えて、戦争を礼賛したり、愛国者になったり、軍国主義者になったり出来る人というのは、本当は戦争が好きな人だったのではないでしょうか? メニューの一つを選ぶような気持ちで「反対」を選んだり「賛成」を選ぶような器用なことが出来るのは、「戦争が嫌い」という気持ちを持たない人なのです。 梶村太一郎さんは戦争になったら反対できない理由として様々な「反対者」の例を挙げていますが、その大部分は共産党員とテロリストです。 共産党員が拷問を受けたことは知っていますが、拷問が怖いからといって、一足飛びに軍国主義者になるというのは、おかしいと思いませんか? 梶村太一郎さんは戦争に反対する方法として、共産党員になることしか考え付かないのですか? 梶村太一郎さんが本当に戦争が嫌いだったら、礼賛者になれるはずがないと思うのですが・・・・。 戦争が本当に嫌いだったら、共産党に入る以外に沢山出来ることはあると思います。 うあんさんがいみじくも教えてくれましたが、与謝野晶子の「君死に給うことなかれ」がその凄い良い例だと思いませんか?(何故か今は見つかりませんが) 私は梶村太一郎さんよりこの詩を教えてくれた、うあんさんの方が、戦争嫌いであり、誠実な人だと今回知りました。 本当に戦争が嫌いな人は、戦争になった場合にも何が出来るか?ということをもう一度考え直して貰えないでしょうか? 「何も出来なくても良い、協力や礼賛はして欲しくない」と思うのですが、梶村太一郎さんにはこれでも賛成してもらえませんか? |
||||||
![]() | ||||||