| 33580 | 返信 | 戦争協力は至極当然か?(追記2) | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/14 06:27 | |
| 梶村太一郎さん こんにちは 前回投稿で梶村太一郎さんを変節漢のように書きましたが、恐らくこれに対して、「そんなことは言っていない、捏造だ!妄想だ!」と逆ギレが始まることでしょう。 でもそんな浅く理解しては、他の若いもんと同じレベルということです。 我々は今、戦前のインテリ(言論人、先生など)の軍国主義者が、敗戦後は民主主義者に全員が変節したことについて議論しているのです。 私はこの戦前の軍国主義者の責任を追及していたら、梶村太一郎さんがしゃしゃり出て、「この人達は拷問で脅かされたのだからしかたがない」と弁護を引き受けたのです。 このスレッドの表題にもありますように、「戦争協力は必然か?」というテーマなのです。議論の最初に帰って読んでみてください。 それを今更、「協力・礼賛なんて、一言も言っていない!」なんて喚くのはみっともないことです。 「梶村太一郎さんが何故わざわざ戦争礼賛者を弁護しなければならないのか?」という点に帰って反省してみませんか? それは心の底から戦争に反対するという気持ちが無いからなのです。 今の梶村太一郎さんは、なんだか評論の行きがかりで戦争反対派になった、とか戦争反対の方が格好良いから発言している、という印象なのです。 つまりどちらでも選べる性格の人のような印象です。 というのは戦前の大量転向のことを思い出すからです。 彼ら共産党員は、本当のところは戦争反対ではなかったのです。 彼等は革命を目指していたのであって、場合によっては戦争を必要だと考える人達でした。 だから弾圧されるとすぐに、軍国主義者に変身しました。 梶村太一郎さんにもその要素を感じるのです。 梶村太一郎さんの頭の中では、戦争反対の人が、弾圧されれば簡単に戦争礼賛者に変身できるという構図があるようです。 (それは日本人の普通の感覚だと思います。) しかしよく考えてみてください。本当に戦争が嫌いな人間が弾圧されただけで、戦争礼賛者になれますか? 戦争が嫌いな人間なら、反対運動をしていて警察からにらまれたら、それを止めるだけではないでしょうか? 梶村太一郎さんは自分がもし弾圧されたら、その時は「沈黙する」と考えるのなら、私の仲間です。 「弾圧されたら戦争に協力する!」と考えているのでしたら、そういう人は仲間にしたくない、というのが私の戦争反対論の基本です。 |
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