| 33600 | 返信 | 福澤諭吉と吉野作造の侵略思想 | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/15 20:44 | |
| このテーマで議論する人はいませんか? 福澤諭吉と吉野作造の侵略思想 福澤諭吉と吉野作造の両名は、日本の民主主義発展への大きな貢献者と認められています。 日本近代化の父とも言っても良いと思います。 しかし一方では、アジア侵略思想の鼓吹者という面も注目されてきました。 福澤諭吉は日清戦争について、吉野作造は日露戦争について、これを文明と野蛮の戦争、つまり日本の文明を以って野蛮な清国とロシアを文明国にする戦争だ、と言って日本の侵略戦争を煽っています。 侵略戦争を煽った両名の発言が、世論を動かし、政府の戦争開始の決定に大きな影響を与えました。 この両名の「民主主義への貢献」と「侵略戦争への貢献」はコインの両面です。 この一枚のコインは如何なるコインだったのかと言えば、それは「日本の近代化」だったと考えます。 つまり民主主義と侵略戦争の二つを合わせて「日本の近代化」が達成されました。 富国強兵のため、戦争のため、民主主義は絶対必要でした。 民主主義無しには富国強兵と戦争は出来ない、という関係です。 愛国心の高揚は民主主義無しには不可能です。 別言すれば、日本はこの時「国民国家」(ネーション)になろうとしたと言えます。 国民皆兵(徴兵制)を実現し、国民軍として戦意を高揚するためには民主主義が不可欠でした。(その原型は高杉晋作の奇兵隊にあります。) 福澤諭吉の最大の課題は、西洋列強に対抗できる日本でした。 そのためには海外侵略が必要であり、そのために民主主義が必要、という順番でした。 自由を叫んだ福澤、というイメージは単なる美化に過ぎません。 明治時代の自由と民主主義(民権運動全体)は、侵略のために重視されたものです。 自由民権運動家の大部分は侵略主義者だったことでも、このことがわかります。 民主主義というものは海外侵略のための道具だ、と考えると、明治の文明開化や戦後民主主義には疑問が生じます。 日本人は西洋に追いつくために、西洋をことさら崇拝したのではないでしょうか? そういう日本人の西洋崇拝コンプレックスは、現在も続いています。 私は民主主義そのものを否定するつもりはありませんが、西洋式民主主義には問題があると思います。 日本にはもっと素晴らしい民主主義があったと考えられないでしょうか? 例えば宮本常一が「対馬にて」で描いた伊奈(対馬)のヨリエー<寄合民主主義>を、私は民主主義の理想に近いものだと考えます。 一人も不満が残らないような結論になるまでじっくり時間を掛ける「寄り合う」という意思決定方法がありました。 多数決で少数意見を踏みにじるようなことは、決してしなかったのが日本の民主主義でした。 このような少数者への配慮は今でもあちこちで見られるやり方です。 福澤諭吉や自由民権運動の自由や民主主義を否定して、日本本来の民主主義に注目しましょう。 福澤諭吉を日本の近代化の父と尊敬し、しかし侵略的なところもあった、と注釈を加える程度では好意的に過ぎます。 彼の近代化全体が、どっぷりと侵略思想に漬かったものだと理解すべきです。 |
||||||
![]() | ||||||