| 33643 | 返信 | Re:書き忘れていたこと:日ソ中立条約違反 | URL | 烏龍茶 | 2005/03/18 01:33 | |
| サークさん、いくつか事実の誤認があるようです。 >日ソ中立条約は互いの勢力圏内での演習に制約を加えていません。 「関東軍特別演習」は、作戦の【秘匿名称】です。実際は御前会議の以下の決定 『独ソ戦争ノ推移帝国ノ為メ有利ニ進展セハ武力ヲ行使シテ北方問題ヲ解決シ北辺ノ安定ヲ 確保ス』 に基づいて、参謀本部で 『動員の決意6月28日,動員下令7月5日,開戦決意8月10日,作戦開始8月29日,作戦終 了10月中旬』という日程を立て、具体的に開戦の計画を立てたものでした。 従って、仮に未遂であったとしても、日ソ中立条約第二条の 【第一条】 兩締約国ハ兩國間ニ平和及友好ノ關係ヲ維持シ且相互ニ他方締約国ノ領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スヘキコトヲ約ス に違反することは明らかです。国際法の世界でも、国内法の世界でも、【未遂罪】は立派な犯罪なのですね。 ちなみに法的側面をのぞくとしても、独ソ戦が始まっている時期に、ドイツと軍事同盟を結んでいる日本が、国境の反対側に34個師団もの大兵力を展開している図というのは、軍事的に十分以上な脅威です。相手に脅威を与えることが、【友好の関係を維持し】ではないことは明らかでしょう。 >ソ連と日本が互いに敵対的な意思をもったり、攻撃計画を練り、その準備をすること自体は中立義務の侵犯にはあたりません。 敵対的な意志を持って、それに基づく戦争の準備を具体的に進めるのは、【友好の関係を維持し】ではありません。 ソ連の立場に立てば容易に理解できるように、モスクワ防衛のために一個中隊でも兵力が欲しいそのさなかに、極東に32個師団の日本軍に対抗できる兵力を拘置されるのは、ソ連からすれば実際の攻撃などなくとも十分以上名利敵行為ですよ。 関特演が関特【演】のままに終わったのは、独ソ戦が日本の思い通りに経緯しなかったから、でしかありません。ドイツが有利に独ソ戦を展開していれば、日本はソ連に侵入していたはずなのですね。そういう準備を具体的に進めていたのは、未遂罪という犯罪行為を立派に構成します。 |
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