| 33805 | 返信 | Re:無抵抗主義は傲慢か? | URL | inti-sol | 2005/03/21 20:38 | |
| 八木沢さん > 北朝鮮の拉致を侵略の例としてあげたのは、小林氏の「日本海という防壁」なる認識の的外れぶりを指摘するためである。質問に対しては、原爆を落されたのは四方を海に囲まれた国だったという事実を指摘することで回答に変えたい。 > 日本海という防壁があるから明治以後の日本は侵略されたことがない、だと?では、北朝鮮はどうやって日本人を拉致したんだ。遠隔操作か超能力か。他国に侵入して住民をさらい、バレたらそれをネタにゆするような行為を「侵略」と呼ばないで、何を侵略と呼ぶというのだ。 侵略の定義というのは人それぞれに違うかもしれませんが、私は「他国の支配下の土地等を、侵入して奪い取ること」(岩波国語辞典第五版)という定義を使っております。 つまり、空爆は土地に侵入して奪い取ることではないので、侵略ではないのです。もちろん、無差別爆撃、ことに原爆は卑劣な戦争犯罪であると考えますが、しかし侵略という言葉の定義からは外れる。 同様に、日本軍のハワイ真珠湾攻撃やスリランカ(当時セイロン)のコロンボ、オーストラリア北部などに対する空爆を、ハワイに対する侵略、セイロンに対する侵略、オーストラリアに対する侵略とは、通常呼びません。 同じく、秘密工作員が密やかに上陸して何らかの破壊工作を行うことは、これも卑劣な犯罪行為ではあるけれど、それを侵略と呼ぶのはいささか無理がある。 そういうことは、おそらく世界中で常に行われてきたことです。たとえば冷戦時代、米ソは互いに秘密工作員を送り込み合い、何をやっていたかは知りませんが、法に触れるような類のことも含まれていたであろうことは想像に難くない。闇から闇に人を消したことも一度や二度ではなかあったはずです。いや、ソ連が崩壊した今だって、そういうことが全くなくなったかどうかは疑わしい。じゃあ、ソ連は米国を、米国はソ連を侵略していた、というのか。あのーまり、そういう言い方はされません。なぜなら、秘密工作員がどんなに卑劣な犯罪行為を行っても、それだけで他国の土地を奪い取ることはできないからです。 小林氏の主張のほとんどすべてに私は反対ですが、海が侵略に対して比較的強固な防壁となり得たことは疑いのない事実です。それは、ユーラシアを席巻した元朝でさえ、日本への侵略は失敗したこと、そして太平洋戦争においても結局は日本本土上陸は行われなかったことからも明らかです。 もちろん、絶対的なものではないから、今後も決して侵略されるおそれがない、などと断定することは不可能ですが、少なくとも米国以外の国(北朝鮮・中国・ロシア)が日本海を越えて日本を侵略することは、予見しうる限りの将来において不可能であることは間違いありません。 小林哲夫さん > 私はあなたの想像する通り「戦争で死ぬよりは、植民地の境遇を黙って受け入れるのが素晴らしい」と断言する人間です。 実際に植民地の境遇にある人が、「戦争で死ぬよりは、植民地の境遇を黙って受け入れるのが素晴らしい」と言うのと、植民地の境遇を他国に強いた側の人が同じことを言うのとでは、意味が全く違います。 前者を「傲慢だ」などと言う人はいません。にゃ〜氏も、それを傲慢だとは書いていないと思います。しかし、植民地の境遇を他国に強いた側の人間が、強いられた側の人間に対して「戦争で死ぬよりは、植民地の境遇を黙って受け入れるのが素晴らしい」というのは、つまり我らが国の植民地支配を黙って受け入れろ、(この場合は黙って受け入れるべきだった、という過去形)ということであり、それは傲慢以外のなにものでもありません。 そもそも、「無抵抗主義は傲慢か?」というタイトルからしておかしい。 誰も、無抵抗主義が傲慢だ、などとは書いていない。侵略した側が侵略された側に対して無抵抗主義であるべきだった、などと言い放つことが傲慢なのです。 惨めな平和に耐えることが傲慢なのではなくて、踏みつけた相手に対して「惨めな平和に耐えろ」と言うことが傲慢なのです。 > 私を戦争に巻き込まないで下さい。 誰一人、あなたを戦争に巻き込もうとはしていないと思いますが。というか、あなたは、ひょっとしたら戦争末期の空襲の体験者ではあるかもしれませんが、少なくとも中国への侵略に関して戦争で死ぬことも、植民地の境遇を黙って受け入れることも、どちらも選択する必要のない立場の人であったはずです。(私も同様ですが) それから、ガンジーは自分自身が参加したインドの独立運動について、非暴力を主張していましたが、植民地支配に苦しむそのほかの地域の解放闘争に対して「武力闘争はけしからん」などとは言いませんでした。 それに、そもそもガンジーの闘争は単なる非暴力ではなく、非暴力不服従運動です。間違っても、「戦争で死ぬよりは、植民地の境遇を黙って受け入れるのが素晴らしい」などという運動ではない。 なるほど、独立運動の側は武器を執らなかった、しかし、鎮圧する英軍の方は独立運動に対して容赦なく銃弾の雨あられを浴びせかけました。ひょっとすると、武器を執って抵抗するよりはるかに、死の危険は大きかったかもしれません。それでも、血の弾圧で多くの命が失われるとわかっていても、非暴力による独立運動は止みませんでした。植民地支配を脱することこそがすばらしいのであって、「戦争で死ぬよりは、植民地の境遇を黙って受け入れるのが素晴らしい」などとはまったく考えなかったからです。 |
||||||
![]() | ||||||