33818 返信 Re:Re:共同謀議について(訴因5について):余話 URL 梶村太一郎 2005/03/23 07:08
『世界征服』についての日独の共同謀議余話を、みなさまの議論に付け加えておきましょう。

日米開戦があり、世界大戦となった約一月後の、1942年1月に、日独政府代表者は
ベルリンでの会議で次のような「ユーラシア大陸分割案」で合意しています。
要旨は「東経70度を両国の影響圏とする」ということです。
すなわち、北はウクライナ山脈,南は現在のパキスタンあたりでの分割です。

この結果について,ヒトラーは非常に不満であったようです。なぜなら彼は、彼にとっては「理想の英国の勢力圏インド」が日本のものになるからです。しかし、妥協しました。

インパール作戦はこの協定合意に準ずるものであった側面もあるのです。このことが東京裁判の段階で知られていたかは、私には詳らかではありませんが(専門家に聞くしか無いですね)、とにかく戦後早いうちにこの証拠書類が押さえられたことは事実です。ドイツの外務省文書には含まれています。この時の付属文書は、今ではフィクションのように面白いのです。いつかみなさんにも紹介します。