| 33820 | 返信 | 憲法9条の思想 | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/23 07:56 | |
| Inti-solさん 重要な論点ですので立て続けで失礼します Inti-solさんは私とにゃにゃにゃにゃにゃさんとの議論の迷路に入り込んで、誤解がおこったと思われますので、ここで私の考えを真っ直ぐに書いておきます。 従来からの議論でご存知と思いますが、私は憲法9条を「非武装」という意味で理解し、これを支持しています。 戦争放棄条項として読むと、「自衛戦争なら可能だ」という議論の余地があるかもしれませんが、もともと非武装論の方には、「戦争」を考える余地はありません。 さて日本の大衆が心配している、「侵略されたらどうするのか?」ということについて考えたのが、今議論していることです。 勿論「日本が侵略される恐れはない」という見方は、inti-solさんと同じですが、可能性が低いことでも考えておかないと世論は満足しません。 日本は非武装の状態ですから、「侵略されたらそのまま占領されることになる」という仮定を考えます。(敗戦後の占領期を想像すると解りやすい。あの場合は莫大な軍備を持っていたにもかかわらず占領されてしまったのですが・・・。) さてその占領政策が不当で、日本人にとっては屈辱的なものだったと仮定します。 その外国人支配に対して、日本人はどういう抵抗をするか?というのが、にゃにゃにゃにゃにゃさんとの議論の焦点です。 にゃにゃにゃにゃにゃさんは「屈辱を耐えるくらいなら、解放戦争を戦って死んだ方がましだ。」という考えです。 私は「屈辱に耐えて生きていたい」という考えです。 戦争で「死にたくない」ということもありますが、「殺したくない」ということもあります。 殺し殺されるような場面から無縁でありたいと思います。 さらに焦点を絞り込むと、解放戦争に立ち上がった日本人兵士との関係です。 その人が命の危険に晒されて殺されるよりは、殺す、という決心をしたのだとすれば、そのことをとやかく言えるものではありません。 それは何者も否定できない、自然権だと思います。 しかし個人的な抵抗運動に留まっている間は、私のような非武装無抵抗人間には影響がありません。 普通の場合は解放戦争という「戦争」になります。 ということはいや応無しに私のような非武装人間も戦争に参加させられます。 にゃにゃにゃにゃにゃさんの思想には、この戦争への強制があるから、私は反対しているのです。 民族解放戦争といえども、参加したくない人は存在するはずだ。その人達の参加したくないという気持ちを尊重して欲しいというのが、私の主張で、にゃにゃにゃにゃにゃさんとの対立点なのです。 「屈辱の下で生きるよりは死を選ぶ」というのは、民族主義者の思想だと指摘しています。 日本のような平和憲法を持った国は、民族主義を煽るべきではない、と考えます。 「国の誇りのため」というナショナリズムに陥らない心構えが必要だと言いたいのです。 にゃにゃにゃにゃにゃさんと私の対立は、こういう議論だったとして、inti-solさんはどちらを支持しますか? |
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