| 33839 | 返信 | 非武装の思想 | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/23 23:07 | |
| inti-solさんは非武装の理想を捨てたから、非武装の思想そのものが理解できなくなってしまいました。 日中戦争の時に、中国人の中に非武装思想の人がいたらどう考えたか?という想像力がなくなったのです。 私は自分の非武装に対して真剣ですから、いろいろの場合を想像して見ているのですが、そういう努力をinti-solさんはしなくなったという違いがあります。 非武装の思想を持って日中戦争の時に中国人として生きていたらどうなったでしょうか? きっと本人の意思に反して、戦争に駆り出されて、人殺しを強制されたに違いないという風な想像はできませんか? 日中戦争について「もし日本軍に抵抗せず、満州帝国を承認してしまえば、戦争の犠牲者は100分の一になったでしょう。」という私の想像がどうしてそんなに皆さんを苛立たせるのか解りません。 これを中国共産党に対する「批判」と思うのは、民族の誇りというものが解っていないのです。 中国共産党は民族の誇りのために、一千万人の犠牲を覚悟したのです。 そのものすごい覚悟をだれが非難できるというのですか? これは決して非難ではありません。 そういう覚悟をするのはケシカランという気持ちがinti-solさんにあるとすれば、それはinti-solさんにとっての「民族の誇り」がいい加減ということです。 本当の民族主義者ならその莫大な犠牲こそ誇るべきことなのではないでしょうか?(その分、敵である日本を憎むことになりますが・・・。) inti-solさんは左翼としても中途半端で、右翼としても中途半端ということになります。 なんだか取り留めのない空間をふわついているような感じで、理解困難です。 さてinti-solさんと私の違いがかなり明確になりました。 Inti-solさん 軍備必要論。 解放戦争には参加して、人殺しを否定しない。民族主義。 私(小林哲夫) 非武装、徴兵拒否、民族の誇りで興奮しない。 さてここで一番私が重視するのが、我々非武装思想の人間を無理矢理戦場に引っ張り出す思想か?否か?という点です。 >『そういう気持ちの人に「侵略者に対しておまえも武器を取れ!」と強要する気は、まったくありません。(inti-solさん)』 と一応言ってはいますが、なにしろとらえどころのない考えだからいつどう変わるか信頼が置けないのです。 そのために日中戦争の場における非武装の思想という仮説を持ち出してみましたが、案の定、普通の過激な民族主義に過ぎないことが解ったのです。 「民族解放戦争においても、国民を有無を言わさず徴兵してよいはずがない」という原則を忘れてしまっていることが解りました。 にゃにゃにゃにゃにゃさん 問答無用はだめです。 議論で詰められると相手を卑劣と決め付けて、議論できない、と逃げるのは良くないですよ。この掲示板のサヨクにはこういう人が多すぎます。 もっと前向きに問答有用を生かさなければこの掲示板が泣くというものです。 どうして逃げてばかりいて、自分の考えを述べる場所としないのですか? 議論の焦点についての違いなどで、卑劣の罵倒は異常です。 にゃにゃにゃにゃにゃさんの考える議論の焦点は、 「日本による中国侵略に対する中国側の抵抗運動に対して、どういう認識をとるのかということ」なのですか? 私はそれでも一向にかまいません。 私が「外国人支配に対して、日本人はどういう抵抗をするか?」ということを焦点として議論したら何故「卑劣」なのですか? 両方を一度に論ずることは出来ないのですか? いつも自分がどう生きるかということを焦点に議論していることがそんなに卑劣なのですか? 私は要するに、非武装の理想を議論したいのですが、にゃにゃにゃにゃにゃさんはそれが嫌なのですか? にゃにゃにゃにゃにゃさんとの議論はあなたの「愛国左翼ほどタチの悪いものはない」という発言から始まったことを忘れたのですか? 「あなたの愛国左翼には中国共産党は含まれているのですか?」と聞いているのには一言も答えず、それをはぐらすためにいきなり「不愉快だ!」という感情的反応では驚いてしまいます。 一度真剣に議論ということをして見ませんか? |
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