33944 返信 Re:竹島問題と「民衆」のひとり URL クマ 2005/03/26 21:11

 tpknさんへ。

> 「韓国が異常」となります。

 tpknさん、それじゃ韓国のナショナリストと同じ境地ですよ。

> > > 韓国は対馬も韓国領と言い始めました。完全に異常です(笑)。

> >  その「韓国は」という主語が気になるんですよね。一つの事例をもって「韓国は完全に異常だ」と決め付ける姿勢もかなり「異常」です。もちろん、韓国や中国側で「日本人はみんな極右」と勘違いしている人間にも同じことが言えます。

> この場合の主語は「韓国は」でいいのです。というか、「韓国政府は」でも「マサン市は」でも、正確ではありません。八木沢さんも指摘しているように、これは突出した「一つの事例」ではなく、韓国全体をで爆発している反日ナショナリズムのひとつのあらわれにすぎず、(以下略)

 いえ、であれば、tpknさんは「韓国全体」が「対馬は韓国だ」と言い始めていることを論証しないといけません。tpknさんが主張している「韓国におけるナショナリズム激化」というテーゼに沿った象徴的な事例を取り上げて全体を規定する手法というのは、韓国や中国のナショナリストが「つくる会」や石原慎太郎の言い分を取り上げて日本全体を規定するのと同じく、つまりは事実をゆがめて伝えるプロパガンダです。

 また、こうした詭弁への反論に対して感情的になって「アホ」などと罵倒を投げつけるのは、「アホというやつがアホ」という幼稚なレベルに議論を引きずり込む愚行であります。

> >  現時点の私は竹島の帰属先について「双方にそれなりの言い分がある」と思っているわけです。無人の小島の帰属先でナショナリズムを煽りあうよりは、「どっちでもいい」と突き放す立場を選んでいます。

> 日本は、この問題でナショナリズムを煽っている人などほとんどいないでしょう。あるいは、いるとすればごくごく少数だと思いますし、私がその一人に入っているとも到底思えませんが。

 少なくとも私には、tpknさんとの議論が、中国のナショナリストとの議論と相似形に思えてなりません。彼らもよく「日本人は調子に乗るなというのが中国人の率直な気持ち」などと民衆の気持ちを代弁してみせますよ。

> 「竹島は日本である」という見解を述べるだけで「ナショナリズムを煽る」とするのは、どう考えても言いがかりであり、異常な思考ではないかと思います。

 これも詭弁だと思いますね。私は「竹島は日本である」と主張する行為そのものに対して「ナショナリズムを煽る」行為だと批判したことは一度もありません。私が問題にしているのは、領土問題をきっかけにして出されてくるナショナリズムであり、たとえば「韓国は調子に乗るなというのが民衆の率直な気持ち」などと言ってみたりする、そういう勇ましく排他的なメンタリティを当初から一貫して問題にしているわけです。したがって、そんな誤読をあえてしたうえで「言いがかり」を私がつけているかのように書かれるのは心外ですので、撤回を求めます。

> 竹島が日本領土であるという見解は、それこそ自民党から共産党に至るまで主要な政党のすべてが主張していることであり、日本国内においてはそのことに対する争点など全くないと言っても過言ではないでしょう。つまり、極めて「普通に」考えた場合、竹島は日本であるということです。

 何度も同じようなことばかり書きますが、日本では「普通に」そう考えていても、韓国でも同じくすべての政党が竹島は韓国領だと「普通に」考えているわけですね。それを相対化して考えることができないのが排他的なナショナリズムというものなのです。

> >  漁民にとってはナショナリズムとは関係のない生活要求でありましょう。しかし、普段はまったく漁民の要求などとは無縁に過ごしている有象無象がこの問題で口角泡を立てるとき、その動機は刺激されたナショナリズムにあると考えるのが妥当な線でしょう。

>「○○の要求などとは無縁に過ごしている有象無象が口角泡を立てるとき」なんてことを安易に言うと、自分にハネ返ってきますよ。

 それでは言い換えましょう。普段は漁民の要求などとは無縁に過ごしているtpknさんが、漁業権交渉など現実的な行き方を度外視したうえで、「漁民の要求」を持ち出して竹島の帰属問題を論じる時、それは利用主義的に「漁民の要求」なるものを文字化しているに過ぎないのではないか、ということです。

> また、「刺激されたナショナリズム」が、他国の軍事侵略に対する正当な主張である場合は、なんら問題はないと思いますけど。なんつーかですね、なんで日本に「刺激されたナショナリズム」があることにしたいのか、そこんとこがよくわからないのですね。もちろん、そりゃ多少はあるでしょう。しかし、韓国の比ではない。

 「軍事侵略」などとものものしく書いている時点で、ナショナリズムを刺激するプロパガンダだと思いますね。私は「日本に刺激されたナショナリズムがあることにしたい」のではなく、このようなtpknさんの「刺激されたナショナリズム」を批判しています。

> 私は排他的なナショナリズムそのものを問題にしていますから、日本と韓国を比べて韓国がそういう状態になっていれば韓国を批判するし、日本がそういう状態になっていれば日本を批判します。

 その視点そのものは一つの見識でしょうが、であれば、まず自分自身を批判すべきでしょう。

> 韓国のナショナリズムの爆発を批判する者に対して、韓国のナショナリズムへの見解抜きにそれを「日本のナショナリズム」であるということにして批判するのは、詭弁ではないでしょうか。

 そう、私は韓国の状況についての私自身の見解をまだ書いていません。しかし、どうしてそれを書かなければ、tpknさんへの批判が「詭弁」であるということになってしまうのでしょうか。文脈が違うと思うんですけども。それに、韓国で過熱化しているナショナリズムへの対応は、「異常だ」とか「調子に乗るな」とか言っていればいいようなものではありません。

> ましてや、梶村投稿者のように「極右」だなんて、言ってたら、笑われますよ。社民党から共産党まで全部極右ということになってしまう。

 彼はtpknさんの政策的立場をもって「極右」だと言っているのではないでしょう。
 それはともかく、状況によっては社民党から共産党までが右翼になることはありえます。全会一致だった天皇の孫への「国民等しくお祝い」決議だとか、北朝鮮への経済制裁についての見解などはそういう例です。

> >  「国民感情」でも同じですよ。天皇に孫が生まれたときに「国民等しくお祝い申し上げます」なんて文言の決議を国会があげたのが典型ですが、多様な「国民」の差異を捨象して一つにまとめあげようとするもの、それこそが今も昔も変わらないナショナリズムの正体です。

> そういう事例をもって「国民感情」そのものを否定してしまうと、これも自分にハネ返ってくると思いますよ。

 はいはい。
 いまどきの左翼はそもそも「国民」って単語からしてあんまり使わないんだけどね。私は左翼のなかでは使うほうで、だから森永さんに「中道右派」なんて言われるけども、いずれにしても「国民感情」なんて使わない。そんなものを無批判に使っていた日には、それこそいつ「非国民」と自分に跳ね返ってくるか知れないもの。

> 同じ理屈で、韓国の国民感情も中国の国民感情もアジア民衆の対日感情も、すべて否定される。教科書問題にしてもなんにしても、「国民感情」なんて言葉を使えばすべてナショナリズムだということになってしまいます。

 単語の問題ではないんですが、おっしゃる点で言えば、「国民」を「国民」たらしめているのがナショナリズムなわけですから、「国民感情なんて言葉を使えばナショナリズム」なのは当り前でしょうね。だいたい左翼の文章では、「国民感情」ではなく、せいぜいが「被害国側の思い」だとか、そんなところまでですね。いずれにしても私はあまり使いません。

> 国民にいろいろいるとしても、おおまかに「国民感情」とされるものはあるわけです。

 ええ、もちろんそれは認めます。だから単語の問題じゃないですよ。
 しかし、「国民感情」というのは語感としては世論調査の結果以上のもの、社会的合意が長く続いている強い感情、たとえば被爆は二度とごめんだとか、そういう感情をもって使う場合が多いように思いますね。だから、やや古いタイプの左翼が「非核は日本の国民感情」といったところで、少なくとも私は目くじらを立てて批判するようなことはありません。問題はどこまでいっても、他国民に対して「調子に乗るな」というのが「国民感情」だというような勇ましくナショナリスティックな言説にあります。

 で、「韓国は調子に乗るなというのが日本の民衆=日本人民の率直な気持ち、国民感情」だと今でも思っているんですか?

> 多くの人が無関心であれば、「調子に乗るな」と言っている人が「私の周囲」にいなくなるのも当たり前でしょう。

 ですから、そういうのを「国民感情」と言わないことは明白でありましょう。