33971 返信 アジアという言葉を死語にしよう URL スクイボン 2005/03/27 18:53
ユーラシア大陸には大小幾つかの文明圏が存在しています。ヨーロッパ、イスラム、インド、中国……、そして日本です。そう、ヨーロッパ文明も所詮、ユーラシア大陸に幾つも存在する文明圏の一つに過ぎません。確かに進取の気風に富み、ユーラシアで最も成功した文明であることは認めざるをえない所ですが、それでもやはり、ヨーロッパはユーラシアに存在する幾つもの文明圏の一つに過ぎないのです。
アジアはこのうち、ヨーロッパを除いたユーラシア大陸全域を示す概念ですが、はたしてこの広大な世界を全て”アジア”の一言で呼ぶ事にどれだけの意味があるのでしょうか?
アジアとは本来ヨーロッパから見た東方世界全体の呼び名に過ぎない、いわば西洋中心主義が作り出した単語です。アジアに含まれる地域にはヨーロッパの東方であるという事以外、文化的にも宗教的にも人種的にも共通する物は殆ど無いのです。
あるいは、シルクロードを中心とした交流の歴史によって多くの文化を共有しているという反論もありそうですが、それならばヨーロッパも間違いなくシルクロードを中心とした交流の歴史の一端を担っており、ヨーロッパだけ除外するのは意味が無い。仏像はギリシャ彫刻の影響で製作されるようになったと言われ、古代においても既に、日本はヨーロッパ世界の影響を受けていたのです。
そう、アジアとはヨーロッパを中心とした世界観の中でのみ成立する概念なのです。本来ならばインディアンをネィティブアメリカンと言い直した様に排除されなければならない表現なのです。
なおかつこの広大な世界を”アジア”の一言で表現するのは重大な問題を生じさせる。アジアという表現を用いてユーラシアの諸文明の中からヨーロッパのみを切り離してしまう考え方は、我々日本人が欧米を崇拝したり、あるいは(戦前の右翼や今日の左翼のように)過度に敵視する原因になってしまうのです。アジアという実体が無い物への嫌悪や差別、あるいは実体の無い同属意識もまた、共に有害だと自分は考えます。
ユーラシアの中にヨーロッパがあり、イスラムがあり、中国があり、そして日本がある。これら幾つもの文明圏とユーラシア大陸という地理的・歴史的概念(北アフリカ含む)の間に、我々日本人が想定しなければならない概念は存在しません。ユーラシア大陸西方の民が東方を表現する為に作り出したアジアという言葉を、ユーラシアの東方に住む我々が用いる必然も必要も、何一つ無いのです。