| 33981 | 返信 | 人類と戦争 | URL | 小林 哲夫 | 2005/03/28 10:04 | |
| スクイボンさん もう一つお先に失礼 スクイボンさんは人間が格闘技を好む現状から、誰でも闘争本能を持っていて、これがある限り戦争は無くならない、と考えているようです。 人類の歴史は戦争の歴史だという言葉があります。 しかし人間の闘争本能と戦争を結びつける考えは短絡的だと思います。 1、人間の闘争本能 格闘技だけでなく、スポーツの大部分が競争の楽しみであり、人間の働く意欲が正しい評価によって沸いてくること、弱肉強食の現象は社会のあらゆる面に見られるのは事実です。 しかし闘争本能など全然ないようなお人好しの人が出世している現実も無きにしも非ずです。 人間誰でも闘争本能を持っているとは必ずしも言えません。 しかし闘争本能を持った人間がいなくなることは無い、とは思います。 2、個人的闘争と戦争の違い 人間社会に殺人ということは無くならないかもしれません。(強盗とか嫉妬とか) しかし戦争というのは、単なる殺人とは根本的に違います。 それでは人類史の中で、戦争はどのようにして始まったのでしょうか? 戦争をするためには、仲間となる人々を組織化し、指揮系統を定め、武器を準備し、戦い方を打ち合わせなければなりません。 殺人とは桁違いの複雑な社会現象です。 3、戦争の起源 はじめは戦争を知らなかった人類が、ある段階で何らかの理由でそのような戦争を始める時期が来たと考えられます。 その時期は世界的に、農耕の開始の時期と考えられています。 西洋では八千年前ころに農耕が始まりますが、日本では三千年前の弥生時代がこれにあたります。 4、戦争は人類にとって不可避か? 日本の考古学の成果として、縄文時代一万年の間、日本には戦争がなかった、ということが解っています。 江戸時代250年間も含めて、日本には戦争のない時代があったということが、人類にとって戦争は不可避の災害だとは考えられない証拠がほかならぬ日本にあります。 よって戦争は不可避ではない、と断言できます。 5、ユーラシア大陸と日本 スクイボンさんは何気なく日本をユーラシア大陸の一部と表現していますが、私は大陸と日本を対立項として理解しています。 大陸のどこかで戦争という現象が始まったとしますと、陸続きの地域は全て警戒態勢をとらねばなりません。 いつ侵略されるか解らないからです。 ある民族が性格的には侵略的で無かったとしても、周辺に侵略的民族がいたら、自衛のために防衛を重視せざるを得ません。 これがユーラシア大陸全体が陸続きの意味です。 ヨーロッパも中国も、このようにして戦争社会にならざるを得ませんでした。 こういう社会の人は「人類の歴史は戦争の歴史だ」と考えないと生きて来られませんでした。 ところが日本は日本海という防壁があって、侵略される恐れがほとんど無かったために、侵略に対抗する文化が不要であり、日本にだけ戦争の無い文明が出来上がったのです。 |
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