| 34083 | 返信 | 無抵抗主義 | URL | 小林 哲夫 | 2005/04/04 12:57 | |
| 工藤猛さん こんにちは 私の無抵抗主義について、誤解を生じていますので、もう少し詳しく説明します。 このことを考えるのには、やっぱり日中戦争直前の中国民衆の立場に立ってみるのが解りやすいと思います。 日本が満州を侵略して、植民地にしたことに対する、中国民衆の立場のことです。 私の無抵抗主義は、「中国民衆が満州帝国反対の抗日運動をしなければ、戦争にはならなかった」という考えです。 工藤猛さんは「こんな屈辱に耐えるくらいなら死んだ方がましだ!」という考えのようですが、私はこんなことで腹を立てないで、平和に生きた方が良いと言う考えです。 これに対して意外なことにinti-solさん達から、中国民衆に対する侮辱だという怒りの声が上がりました。 この無抵抗の考えは中国に押し付けるものではなくて、自分ならどうする、という仮定の問題だと予め断ったことは耳に入らなかったようでした。 さらにそんなことを言う私を卑劣だという非難が沸き起こりました。 この非難について考えて見ましたが、これはどうも「思想と言論の自由」ということが解らないのではないか?と思い始めました。 私が無抵抗の思想を発言する自由はあるはずだし、それを認めてもらえれば、卑劣だ!などという人格を無視する怒り方をしないはずです。 私の考えに対して、感情的にならずに、冷静に議論するのが「問答有用」の思想だと私は信じています。 私が「何が何でも私の考えは絶対正しくてそれ以外は間違っている」と言っているとinti-solさん達は思っているようです。 価値観の多様性ということをもう少し理解して欲しいものです。 「無抵抗主義」は私の純粋な信条であって、これを中国人はもとよりinti-solさん達にも押し付けようとするものでも有りません。 もともと押し付けられるものでもありません。 工藤猛さんが「俺は戦う!」と先頭に立つのを止める思想でもありません。 民族解放のために戦いたい人は戦えばよろしい、但し戦いたくない人を巻き込まないでやって欲しいという、ささやかな願いなのです。 つまり無抵抗主義は個人の信条です。 しかし非武装(軍隊放棄)の思想は、単なる個人の信条ではありません。 非武装という言葉は、「軍隊を持たない」という意味で使っていて、個人が武装しないという意味でもありません。 個人の信条ならば「武装したい人は武装したら良い」と言えるのですが、軍隊を持たないという考えは、実現した時には国全体が関わる政治的提案になります。 工藤猛さんの文章は、この点がごっちゃごっちゃで、読むに耐えないものになっています。 工藤猛さんには無抵抗主義が無理なことは解っていますから、軍隊必要論に絞って論じてもらいたいと思います。 要約として工藤猛さんには次の点を注意して論じてもらいたいと思います。 警察力の問題ではなく、軍隊の問題を論じて欲しい。 無抵抗主義批判はもう聞き飽きたので、軍隊必要論に絞って欲しい。 という風に今までの文章を読むと、軍隊の必要性については、殆ど書いてないのが、工藤猛さんの文章です。 |
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