| 34119 | 返信 | Re:真剣に考えてもらいましょう | URL | 水原文人 | 2005/04/07 21:44 | |
| 一徳がいっとくさん、こんばんは、 小林哲夫さんとの議論がなかなか成立しないのは確かですが、しかしこれじゃぁ小林さんじゃなくても議論を投げたくなりますわな… > 「軍事力なしでも外交が可能」という前提に立つなら、なんら軍事力を持たない一個人にも外交は可能という結論になる。 どう考えたってそういう結論にはなりませんが(苦笑)。つまり一徳がいっとくさんの前提自体に、大いに問題アリです。「真剣なる答えがないかぎり」って、真剣に考えようがありません。 > そう考える貴殿はぜひその個人の力量で戦後の外交問題を自ら解決し、自らの主張を論証してもらいたい。 ここで言われている外交とは、文字的定義の通りの意味、つまり国家間の問題ですよね? ならば一個人がそれをやることはどうやったって無理です。軍事力の有無に関わらず、その個人が国家の代表でなければそもそも成立しません。 で、国家を代表することと、軍事力の有無は、当然のことながらイコールではありません。 > 例えば「軍事力なしでも外交が可能」論者が個人の資格でモスクワを訪問し北方領土を取り返すことに成功したのなら、小生は素直に「軍事力なしでも外交は可能」と認める。逆にロシア当局が門前払いとして領土返還はおろか交渉すらできなかったのなら、あらためて「軍事力なしなら交渉は不可能」と証明される。 個人の資格でモスクワを訪問した時点で、北方領土を取り返す交渉を行う資格がその個人にはありませんよ。軍事力の有無にはまったく関係ありませんね。 > 間違いなくロシア当局は個人資格で出向いた人間を門前払いとするだろう。その一方、日本国を代表する政治家や官僚については門前払いとせず会談に応じる。これは別にロシアに限ったことではない。どこの国でもそうだ。 その通りですが、 > 両者のどこが違うのか。前者に軍事力がなく後者には軍事力があるという点だ。 そんなことはまったくありません。両者の違いは、国家つまりその国民の総体を代表しているか否か、その国民の総体に関わる決定を下す権限を与えられているか否かの違いだけであります。 > 政府とはそもそも軍事力によって政府として成り立っている存在だ。 そんなバカな(笑)。定義上、近代民主主義国家における政府とは、国民の総体の信任を受けてその利害を代表しているかどうか、だけですよ。 > そういう組織の代表者だから相手国は丁重にもてなす。 いえ、国家の代表者だから丁重にもてなすだけです。 > 平壌の北朝鮮当局に個人の立場(軍事力を持たない立場)で出向いて拉致被害者家族を取り戻してきてもらいたい。「外交に軍事力はいらない」のだから簡単なはずだろう。これを成し遂げれば拉致被害者家族は帰り、おまけに「軍事力なしでも外交が可能」論者もその主張を実証することができる。皆万々歳だ。 あのねぇ…。憲法的制約によって「国際紛争の解決手段として」武力を用いることができない日本国の当該の交渉担当者は、ハナっから軍事力を持たない立場でしか平壌に出向くことはできませんよ。ついでに言えば今や世界中の国家の大半が、同様の制約を憲法などの基本法なり国際法によって受けておりますがな。 日ロ、あるいは日朝の交渉で日本側が使える最大のカードは、実利的なレベルでは経済でしょ。それを国家財政についてなんの決定権も持たない一個人が行ってどうなるの? はっきり言って、メチャクチャですがな。 >ほんとに、めでたい、おひとじゃなあ。 あなたがね。 いくら小林さんとはいえ、こんなんにカラまれて「某氏とは、真面目に、論議するつもりはないです」なんて言われた日には、あまりにもお気の毒だわ… |
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