34206 返信 Re:明治維新と武士道 URL 武蔵の一住民 2005/04/11 14:34
コピペする際に余分な文書を入れてしまったので、
削除したうえでもう一度。


とほほ様、はじめまして。

> 歴史的にはいわゆる日本古来の伝統文化と宣伝されるものはほとんど明治以降の創作なのです。食文化も例外ではないです。

まあ一般的に、伝統とは不断に改変・創出・再生されねばならない
ものではありますが、かつて内藤湖南が
現在の日本を知るために日本史を研究するには応仁の乱以後で充分
と述べたように、日本のいわゆる伝統社会の成立は戦国〜江戸時代
とする見解が有力なので、伝統文化のほとんどが明治以降の創作との
ご見解について、ぜひとも具体的にご教示ください。
ちなみに、内藤湖南の本分は今話題の中国の研究ですが、中国については、
趙氏宋以降が現在の中国につながっているとの立場ですね(宋以降近世説)。

武士道についても、引用元の小文をすべて読んでもそうなのですが、
確かに平安・鎌倉期の「弓馬の道」と明治以降の武士道にはかなりの
違いがあるものの、江戸時代の(武)士道との連続性は強く、断絶を
認めるとすれば、むしろ江戸時代と戦国時代とするのが妥当なところ
でしょう。

それにしても、引用元の小文の筆者の田村定男氏は、日本近代史がご専攻
とのことですから、ある程度は仕方ないのでしょうが、武士の発生の問題と
いい、「以後、武士たちは、主君のすべての命令に、無条件で従うことに
なります」との記述といい(江戸期の武士が至上命題とするのは「御家の
存続」)、「庶民は刀を持っていません」との記述といい(戦国時代も
江戸時代も、日本の成人男性は原則として刀を所持)、問題のある箇所が
多く見受けられます。


> 国民皆兵制度の為です。庶民もなんだか偉くなったような気がしたのではないでしょうか?

国民皆兵的発想は戦国時代にもあったのですが、百姓の抵抗は根強くて
成功したとは言いがたく、幕末にも、幕府は一部で国民皆兵的制度にも
動こうとしたのですが、結局失敗しています。
百姓の間で、軍役に対する拒否感は根強く、明治初期の徴兵逃れの工作
などからみても、それは明治維新以降もしばらくは続いたのではないかと。
まあ中には、「偉くなったような気がした」人もいたのかもしれませんが。