| 34216 | 返信 | Re:文部科学省、扶桑社教科書を「韓国が不法占拠している竹島」と書き直させる | URL | ノンポリ | 2005/04/12 01:03 | |
| 書き忘れましたが、 > > 獨島(竹島とも言うらしいっす)は現状のところ韓国が実効支配しているので、韓国の領土だと認めるのが自然な成り行きだと思います。 > > ではオスロ合意以前なら、東エルサレム、それにソマリアとユダヤ(ヨルダン川西岸とも言うらしい)は現状のところイスラエルが実効支配しているので、イスラエルの領土と認めるのが自然な成り行きです、ってことになるのか? > > 「赤い谷」などのイスラエルの大規模入植地はイスラルが実効支配しているので、イスラエルの領土と認めるのが自然な成り行きです、とでも言うんですかあなたは? つまりなんですか? 軍事力送って実効支配してしまえば、よその国の土地でも自国領だと認めるのが自然な成り行きなんですか? > > …んな理屈が通るわけないだろうが! 不当な占領は是正されるのが国際的なルールに決まってるだろうが。(水原氏:34097) そもそも、イスラエルという国は建国の段階から「不当」を重ねてきた国です。 ・・・・パレスチナを委任統治していたイギリスはユダヤ人のテロ攻撃に音を上げ、国連に問題解決を委ねることとなりました。 1947年4月に国連に提出された解決案のうち「分割案」は、パレスチナをユダヤ人国家とアラブ人国家に分割するというものでした。 当時のパレスチナ内に於けるユダヤ人の人口比率は3分の1以下であり、またユダヤ人の土地所有は全パレスチナの約6%の程度でしたが、 ユダヤ人が主権を持つ新国家がパレスチナの約56%の面積を占め、ユダヤ人・アラブ人がそれぞれ約50万人ずつ住み、残りの地域がアラブ人国家となり約74万人のパレスチナ人と僅かなユダヤ人が住むというものでした。 この「不当」な分割案が1947年11月に国連で決議したことが引き金になり中東での戦乱が始まるのですが、足並みの揃わないアラブ連合軍を撃退したイスラエルはパレスチナ全土の約77%、つまりヨルダン川西岸とガザ地区以外の地域を手中に収めました。同時にパレスチナ人を虐殺や脅迫、デマによって追放し、また戦乱が終息した後も逃げ出したパレスチナ人が戻ってくることを許さず、さらに様々な策謀によってパレスチナ人を追放するのです。 このようにイスラエルは「不当」の粘土を混ぜ捏ねて出来上がったような国ですが・・・・、 決して「イスラエルという国家は解体するべきだ」とは、思いません(ましてや「ユダヤ人はパレスチナから全員出て行け」なんて全然思いません)。あの国家が存在していること自体を認めるのは「自然な成り行き」だと思います。「不当」に成立した国ではありますが・・・。 > あと以下の質問にまったくお答えを頂いていないのですけれど、いい加減に返答して頂けませんかねぇ? > >
> http://otd13.jbbs.livedoor.jp/tanakasou/bbs_plain?base=2331&range=1 > (↑当掲示板の「裏」の田中荘) (水原氏:34127) 「戻る権利」が有るにせよ、無いにせよ、その時点でその土地に住んでいる人々の権利や生活を脅かしたり、ましてや追放したり隔離したりするようなものならば、絶対に認められませんねえ。(もちろん普通に「移住」する「権利」については言わずもがなです) それに「基準値」?常識で判断して下さい。(大韓民国や朝鮮民主主義人民共和国から、秀吉の朝鮮出兵のときに蒙った損害を賠償しろなんて言われても、受け入れるわけにはいかないでしょ?) > まして2000年間も戻れないのであれば ほう、ユダヤ人というのは随分長生きなんですね(w > (しかも2000年間他の民族の支配する土地でマイノリティとして抑圧されて来た歴史を持っていて、今も抑圧されているとしたら) 「抑圧されて来た歴史を持って」いるから今度はパレスチナ人を抑圧してもいい・・・っつーのは認められませんな。(つーかそれはじぇんじぇん関係の無い話だってことが分からないんですか?) ついでに・・・・貴方の「ユダヤ人は暴力によって追放された」という主張について、森永さんが次のような指摘をしたことを憶えていますか? > > まず質問ですが、ではユダヤ人もローマ帝国によるユダヤ反乱の鎮圧でパレスティナの地を追われました。 > > これはまったくの神話です。ユダヤ人は、反乱(西暦70年)の時点では、すでにほとんどが離散していました。 > > フィラスチーンの地は、農業生産性が低く、多くの人口を養うことができませんでしたが、当時における文明の中心であったナイル川流域とフラート(ユーフラテス)・ヂジュラ(チグリス)川流域の中継地として、交易の中心となりました。その結果、多くのユダヤ人は商人として各地に移住し、ほとんどが「聖地」から離れたのです。ユダヤ人が強制されて離散したというのは、「日本武尊」とか「檀君」とか「モーセ」と同様に、単なる神話です。 (森永和彦さん:29792) もしこれに異論があるならさっさと答えた方が身の為ですな。なにしろこれは貴方の主張を根幹から揺るがすことです。 今私の手元にある本にも、 「・・・二次にわたる戦争ののちにもユダヤ人は戦前の特権を回復しつつ従来どおりの生活をつづけたさまがうかがえる」 「ユダヤ人にとってこの二次にわたるユダヤ戦争は大事件であったことにまちがいはない。おおくのひとが死に、おおくのひとが国外に追放された。しかし、にもかかわらず、この戦争が原因となってユダヤ人が世界に離散し各地で迫害されて、いわゆる『ユダヤ人問題』をうみだすことになった、とはいえないようである」 「ユダヤ人の居住地が、このユダヤ戦争以前から、地中海地域の各地にひろがっていたことは実は歴史的事実としてはあきらかなことであった。 『離散のユダヤ人はローマのイェルサレム征服より何世紀も前、既に350万人にも及んでいた。そしてパレスティナにはもはや100万人足らずしか残っていなかった』 そして、なぜユダヤ人がそのように各地に離散していたか、といえば、それはユダヤ人が商業に従事していたからだ」 「・・・ヨーロッパが農村社会から商工業社会に変貌するにつれてヨーロッパ人のユダヤ人迫害がはじまり、とりわけ19世紀以後のヨーロッパ国民国家体制の成立とともに激烈をきわめるようになったその差別と迫害から身をまもるために、ユダヤ人が自前の国家を強烈に希求するようになったとき、ユダヤ人の歴史を一面的に『受難』の歴史に仕立てあげることによって悲愴感をつのらせて結束をよびかけるという運動がユダヤ人自身のなかからうまれてきたのである」 ・・・という記述があるのですが、どうよ? |
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