34225 返信 Re:明治維新と武士道 URL とほほ 2005/04/12 11:57
>と言うのはこの7月で喜寿を迎えるというのに、読みたかった新渡戸の武士道をまだ読んでなかったのです。読んでないだけに、あの本は外国にも紹介された武士道のバイブルだと思い続けてきたからです。

私はタダの薀蓄屋ですから(^^ゞ年齢を皆さんのように重ねて立派な薀蓄が言えるように練習中なのです(笑)。
私はこうした規範とかそう言うものが創作である事自体は別に何も悪い事ではないと思うのです。大体全ての社会規範といわれるものは創作ですから、、。新渡戸の武士道を一つの規範として皆さんが各々の人生の中で昇華させてきたであろう倫理観が間違っている、等と傲慢な事を言うつもりはないのです。

ただ、歴史認識と言うのはこう言うことを認識していないと例えば江戸時代やそれ以前の武家社会を美化してしまう恐れがあると思うのです。私は司馬遼太郎のファンですし時代劇や大河ドラマやその他歴史小説、もちろん遠山の金さんとか銭形平次とか水戸黄門とか大好きです、赤穂浪士も毎年欠かしません。

でも、あれはフィクションなんです(^^;
現実問題としてあのような身分制度下における、差別社会の悲惨さは別に歴史の勉強しなくても想像はたやすいです。いわゆる明治以前における水戸学にしろなんにしろ、それを武士道というのであればとてもではないがキリストの教えに微塵も一致するところはありません(私もクリスチャン(^^ゞ )それらの武士道の教えるところは武士以外は人ではありません。

同様に日本古来の云々と言う言説は「日本人なら、、、。」に繋がりやすいのです。つまりこの「日本人なら、、、。」と言う意識は現代日本社会でも根強く残っているのですが実はこれが日本の差別社会を形成しているわけです。

>しかし田村貞雄さんの評価は大変厳しく、おそらく私にはそれに反論することも出来ず、おそらく正しいだろうと思います。と言うことで、是非近いうちに読み始めたいと思います。久しぶりに本当の知的な世界に触れた感じですがすがしい思いです。ありがとうございました。

はあ、先生のホームページはなんだか正直どこに何が書いてあるのかわかりにくいです(^^;でも還って何が出てくるかわからないビックリ箱のような面白さがあります。紹介したページは外国での講演のようなので少しトーンが低いかもしれません(^^;(^^;先生の歴史観は斬新だと思います、日本の歴史学もきちんと発展しているんだな、と安心できるページです。
以下は私のホームページのリンク集に田村先生のページを入れているのですがそこでの紹介文です。紹介しているのは良いのですが、紹介した一節がどこに書いてあったのかわからなくなった(^^;、この一節のような史観も私は共感するのですよね、戦国覇権は国家統一事業などではない、と言うのが私の自論ですから。

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歴史のご専門の先生のホームページです。明治期がご専門との印象を受けます。
私自身はどちらかと言えば戦争責任と言うものを明治期においている立場でして非常に参考になります。これとは別に私の興味から「中世の自由と差別」と言う章に引かれました。ちょっと一節をここに引用します。

【室町時代後期=戦国時代を、惣の側から見ると、惣に属さない暴力集団が所々に割拠し、近隣の町村を掠奪(年貢という)していたのである。しかもかれらは当初は山城に篭り、やがて平山城、ついには平城に進出するが、要するに当初は山賊や野武士の集団であった。天下統一はかれらの争覇に過ぎない。もうそろそろ戦国大名の美化で歴史を見るのは、やめようではないか。】
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>武士道という呼び方の問題なのか、その精神の存在の問題なのか、どちらでしょうか?

問題は、武士道というものが日本人の精神文化である、とする事です。これは他の文化も同じです。人口のわずか5%に満たない層の文化を「日本人の文化」とすることが出来ない事は自明であります。よく紹介したページを読まれてください。日本人の文化はそのような偏屈なものではなく、庶民文化、商人文化、町人文化それぞれに多様なものです。

武士道のような精神が規範になっていたのは一握りの階層でしかなく、しかもその武士道はそれぞれの家訓によってことなり、明治期に創作された武士道とは似ても似つかないものである、と言う事ですね。まず人が提供した情報をよく読みましょう。このようなことは先の投稿に書いてあることです。

>江戸時代以前の日本庶民に武士道というものが理解されていなかった(=なかった)のは、至極当然のことのように思います。
>武士階級しか要らないものだったのではないのですか?

そのとおりです。例えば貴方の県の人と隣の県の人では文化が異なりますよね?
方言とか、、、。これはもっと小さな地域性でも見られます。そのホンの小さな支配階級の文化を日本の文化として日本人全般に押し付けたものが武士道です。
諸外国でこのような国家規模の文化を統一しているのはおそらく日本だけでしょう、どこの国でもそれぞれの地方文化を尊重し誇っています。

この文化の問題は日本の国民国家建設が非常に屈折した発展を遂げた事によります。全ては「国民皆臣民」の為です。

>茶道(=茶の精神、しきたり?)というものは、何も明治維新以後でなくても存在していたように思うのですが。

当然です、古くから存在していた事が、日本古来の伝統文化である事にはならないのです。例えば鯨食は日本古来の伝統文化であり食文化を否定するような捕鯨条約はおかしい、と言う議論があります。確かに古くから捕鯨が行われていた事は事実です。しかし、鯨を食べた事のある日本人なんてほとんどいないのです。
これを日本古来の食文化といえますか?

>明治以後に、茶道や武士道、剣道などを、ひとつの体系として纏め上げた、ということなら分かります。

それはごく一部の階層の文化を体系化したものです。

>いい大人がこのような基本的なことをお聞きするのは恐縮ですが、ご教示ください。

聞く前に読みましょう。読んだ上でご意見があれば拝聴します。因みに私が人に物を教えるなどと言う事はおこがましいにも程があります。反論は受け付けますが質問に答える義理はありません。(反論は私宛にメールか私の掲示板まで)