34268 返信 Re:明治維新と武士道 URL 水原文人@パラノイア 2005/04/13 19:15
極めて気になるのでちょっと横レス…

> 詭弁を弄するのはやめましょう。

詭弁はとほほさんだと思いますよ。

> 武士道は日本人としてあるべき規範として日本人全体に明治政府が創造して押しつけた物である、と主張しているのですよ。

政府が捏造したかどうかは微妙な問題で、江戸時代から大衆文化として、今の言葉で言ういわゆる「武士道」を讃えるものはありましたよ。

> 当然遊女のの文化も日本文化を代表するものではない事は当たり前ではないですか。歌舞伎もそうです。体制があまたある日本文化の中から都合のいいものを日本の伝統文化として創造したのですよ。

いやだから、まさにその「歌舞伎」あるいはそのネタ本になった文楽人形浄瑠璃なんですけど、むしろ近松門左衛門の「世話もの」なんかの評価が高まったのは明治以降でして、近世に圧倒的に人気があったのは、「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」「妹背山女貞謹」「熊谷陣屋」といった歴史もの、”もののふの道”をめぐるドラマであり悲劇であったりします。

それに近松門左衛門の世話ものだって、「武士」ではないにせよかなりの部分倫理観としてそれに共通する葛藤が劇化されてるわけですし。

しかも近松の作品で当時もっとも興行的にあたったのは、確か世話物ではなく歴史ものの「国爺屋合戦」だったはずだけど。

むろん担い手は、観客は主に町人だし、演ずる側に至ってはいわば河原乞食・階級的にはいわゆる賤民ですが…

あと江戸時代最大の大衆小説『南総里見八犬伝』だって、武勇と忠義の物語でありますが…

ただし明治以後なのか現代の問題なのか分かりませんけど、「寡黙な武士」イメージは確かに近代以降の捏造でしょう。別に政府がやったことだとも思えんけど(NHKの大河ドラマがやったことだと言うのなら、政府の息は間接的にかかってるんだろうが)。たとえば「義経千本桜」では、平知盛は身体に碇の鎖を巻き付けて入水自殺する前に、一時間ぐらいある延々としたモノローグをやりますな。同じく「千本桜」の「鮨屋(ちなみに「すしや」です)の段」や、「仮名手本忠臣蔵」の勘平の自刃のシーンだって、腹切ってるのによくもここまで涙ながらに延々としゃべるもんだと呆れるほど。

> 私は右翼の言うこの日本の伝統文化論を聞くと笑ってしまうのですよ。自分たちが元々持っていた子々孫々からの誇るべき伝統文化を中央にほとんど破壊されて言葉さえ忘れている輩が伝統文化とはチャンチャラおかしくてね(^^;

どう破壊されているんでしょうか? 明治政府の史観で明らかに操作された可能性が見て取れるのは、江戸時代の大衆文化で極めて重要だった太平記ワールドが全般的に凋落し、室町時代で南北朝抗争のヒーローとして楠正茂がえらく持ち上げられた辺りだと思いますが。

あととほほさんが大好きであるらしい司馬遼太郎、戦後の大衆文化における歴史ネタ受容の立役者…というか私に言わせれば歴史観捏造の文芸的大詐欺師としか思えんのですけど。明治維新の当然の流れとして大衆文化のネタ元になっていたのが維新の志士たち。桂小五郎などの維新の元勲たちがまさにヒーローだったのが戦前の大衆文化だったんですけど、それじゃ「戦後民主主義」で格好がつかないので坂本龍馬というドコゾのウマノホネをやたら持ちあげて誤摩化したのが司馬なわけですね。

で、あまり雑談していてもしょうがないんでひとつ肝心なことを言っておきますが、江戸時代、明治時代を通じて大衆文化のなかで重要なアイテムであった「武士道」のなかには、「武士にあらねば人にあらず」なんていう思想はまったく皆無であります。むしろ武士であるからこそ民衆のことを考えなければならないのが、そのモラルであったわけですな。

ま、浄瑠璃は元禄時代、現在ある形の歌舞伎なんてその数十年後にならんと確立しないんだから「伝統文化じゃない」と言い出す人もいるのかも知れませんが、300年やっていれば国際的に比較してずいぶん長い方です。いわゆるクラシック音楽だって今の形式は200年も経っておりません。

あと蛇足の蛇足。近世の大衆芸能を見る限り、日本人が天皇を認識したのも明治維新による「伝統の捏造」という説は、まったくのデタラメであります。歌舞伎や浄瑠璃を見りゃ分かることです。