| 34298 | 返信 | Re:中国反日デモの分析 | URL | 芥屋 | 2005/04/14 22:19 | |
| >にゃにゃにゃにゃにゃさん >もともと歴史的経緯からいえば、靖国神社参拝が中国によって問題とされるに至ったのは70年代末のA級戦犯の合祀にはじまるものである。それ以前、対日賠償放棄が決まった日中国交正常化交渉において、靖国神社への閣僚参拝が中国政府によって問題とされることはなかった。 ですから、いわゆる「A級戦犯」をも靖國神社が合祀する理由は先に書きましたし、そういう性格の神社であるからこれを嫌う人もいるであろうこと、また、その靖國神社に「公務の一環として参拝」するのであれば、それは政教分離問題になるので、国内的な課題だと書いたのです。中国がこれに対して不快感を表明するのは中国政府の決めることであって、自民党政府はこれら国内外の反感にきちんと説明すべきなのです。が、それをしたことがほとんどない。なぁなぁな説明でお茶を濁し、既成事実の積み重ねで処理しようとしているようにしか見えません。 そのことをJosefさんもお書きになっていますが、ただしこれは自民党政府の姿勢を責めるべき性質のものであって、中国も靖國神社の性格(ひいては神社とは何か)を熟知しているわけはないのですから、日本人としては靖國を好くも好かぬも、靖國神社とはこういう性質のものであって現在は政教分離でもめているが基本的な制度としてこうである、で自分自身はこう思うと言えれば良いのです。 ですので、私は先に「あちらの言い分を受け入れるかどうかの法理的な確たる基準が、にゃにゃにゃにゃにゃさんにはあるのですか」とお尋ねしたのです。中国がこうだからとか、そのような架空の代弁の論を聞きたいのではなく、にゃにゃにゃにゃにゃさんが一日本人として現在の政教分離問題をどうお考えなのか?ということです。 >ここで忘れてはならないことは、韓国の自治体のなかで「対馬の日」制定の動きが登場したのは、日本の島根県の「竹島の日」に対抗するものとして登場したものだということ、つまり独善的民族主義・排外主義の拡大・突進こそが、近隣諸国の「反日」を高揚し、ラディカルなものにするものであって、その逆ではないということ。 そうですね。韓国の自治体の反応がまさにそれに該当します。対馬が韓国領などとは馬鹿も休み休み言え、そういうことです。 >中国政府や韓国政府、さらには中国や韓国の一般民衆はしばしばドイツと日本の姿勢の違いを指摘し、ドイツを賞賛しているという事実がある。 いえ、中国も日本の同調者も、ナチスドイツと日本帝国がただ軍事同盟関係にあって共に戦ったということ、進攻した先での軍による暴力行為だけを挙げ、戦後の対応の見かけ上の「違い」を言うのですが、ドイツ人があのような公約を掲げたナチスを選んだことや何も自国に危害を加えていない周辺諸国に戦争を仕掛けて征服しようとしたことを反省するのと、日本人が外交的に孤立して政府無策から国民が軍を支持し無謀とも言える大戦に賭けて惨敗したことの反省をするのは性質が全く異なります。 >中国政府が「決して日本の過去を赦さず、ことあるごとに頭を下げさせようとし続ける」という態度を、一貫してとったというのも、歴史的事実に反するであろう。それは70年代の「日中蜜月」を知る者にとっては、容易に理解できることである。 上辺だけの善隣友好がどれほど奇麗事に過ぎずモロいものでしかなかったか、というとではないでしょうか。なお、かつての中国共産党の蜜月姿勢についても過大評価はしていません。告天子さんに同じ。責めるようなことではありませんが、それが政治の現実だと思います。 >むろん中国政府とて内心はかつての「日中蜜月」を復活させたいと考えているのだろう。 これほど実力がつけば、そんな微温的な「日中蜜月」を演じる必要を感じていないのではないでしょうか。だって、そんな外交関係、普通に良好な国どうしでもありませんよ。日米関係だって何かと衝突があるでしょうに。 >A級戦犯が合祀される靖国神社参拝、そして「新しい歴史教科書をつくる会」教科書が検定されたという事実は、これまで日本政府が表明していた「過去の歴史に対する深い反省」なるものがインチキであり、偽善であることを中国や韓国の民衆に知らせるものでしかない。 靖國神社参拝問題についての私の見解は上記のとおりです。扶桑社の教科書は検定基準を満たしているので行政上の問題は何もありません。日本は韓国や中国のように国定教科書制度ではなく公認教科書制度です。公認基準の見直しをせよ、と言うことなのでしょうか?ならば私は反対です。私は検定制度も本来的には反対論者であり、なお一層の検定強化には反対します。私は自由主義史観なるものへは極めて批判的でありますが、批判したい教科書であるから検定で落とせなどという国家主義的な志向には全く賛成できません。それではレッドパージの裏返しです。 ところで、にゃにゃにゃにゃにゃさんは元来が検定強化論者もしくは国定教科書論者なのでしょうか。ならば主張には一貫性を認めるのにやぶさかではありませんが、失礼ながら多くの左翼は検定廃止論者であったはずですので奇異に感じました。自己が主張するとおりの教科書にならない時には政治権力の抑圧であり自由の侵害だとして検定制度廃止を言いながら、自己の主張と正反対の教科書には平気で検定強化を言う。これまでの主張がいかにインチキであり、偽善であったかということを国民に知らせるものでしかないからです。 |
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