34349 | 返信 | Re:「何もしない」対策の内容 | URL | 兼松真哉 | 2005/04/16 19:35 | |
告天子さん。こんばんは。投稿34333への返信です。 > 通州事件の責任者は、日本政府である、というのは無理がありすぎます。あまり、自説に固執する必要はないと思います。率直に行きましょう。 通州事件の責任者は、第一に実行犯にあると思います。 で、監督責任や予防責任は国民党にはないのだから、冀東政権の「黒幕」の日本側(軍部や政府など)に監督責任や予防責任があることになると思います。 もし、通州事件の原因のひとつが、(*1)にも述べられている日本人・朝鮮人居留民による麻薬の売買による中国人への麻薬汚染の拡大(*2)や、冀東特殊貿易により、国民政府の数分の1の関税で安い日本製品が中国へ流入し、中国人商人・資本家が打撃を受けたことによる、反日感情の高まりであったならば、通州事件の責任は日本側(軍・政府・居留民)もあったといえると思います。 (*1) http://www.geocities.jp/yu77799/tuushuu/tuushuu1.html (「「通州事件」への視点」) (*2) 以下のような事実があったとのことです。
> > 侵略者は出ていけという要求そのものは正しいのだから、正しい要求には無条件で応じるべきだというのが私の考えです。 > 正しいかどうかは、一概には言えない、というのが私の考えです。正しいと信じていることと、正しいこととは違います。 「正しい」という表現がピッタリかどうかは別として、ここは歩みよれない点です。 日本固有の領土でなく、かつ、先住民がいるところに、日本軍が入るならば、それは、地元民の大多数が(しぶしぶではない)同意をしているのでなければ、不当な権利侵害であり、不当なことを拒否するのは正しい、と考えます。 個人の間の契約でも銃を突きつけて印鑑を押させるのは不当なのだから、武力により「権益」を得、維持することは不当であるという考えにも普遍性があると思います。 > >(軍服を着ているかいないかは役割分担であって、侵略者集団の一員であることに変わりはないと思います。) > 敵か味方か、ただそれだけだ、ということですね。撃ちてし已まむ、の精神を感じます。・・・日本人ですね。 前述した通州でも旧満州でもそうですが、日本軍の武力による保護があってこそ、日本人居留民は優遇されて経済活動や農業ができたわけです。旧満州では、低価格で土地を強制買いあげされた現地人が日本人居留民の農作業などを行う使用人となった例があることを御存知だと思います。そういう意味で、日本人居留民など非軍人の活動も日本軍の武力侵略と一体であったと私は考えております。(中国人と結婚するなど、実質的にも中国人共同体の一員になった人の場合は別です。) > > また、侵略軍と共に侵略した地域にいる侵略者側の民間人の保護を侵略された側に求めることは、(侵略軍の保護によって可能な)侵略によって得た利益の亨受を認めることになり、侵略行為のうまみを認めることになります。そういうものは認めるべきではないと私は考えます。 > いや、やっぱり敵は敵だ、という考えに戻ってしまいました。 侵略した側が得をしないルール体系があるべき姿ではないか、という考えです。 > > 通州事件のような無差別虐殺への反撃は、無差別虐殺の実行犯にのみ行われるべきであり、無差別虐殺の実行犯以外には一切危害・損害を加えてはならない、と私は考えます。 > まともに考えれば、そうでしょうよ。主権のない地域で、犯人捜査が出来る、ということならですがね。理屈通りに、平和的にやろうとして、とことん裏切られた末に、 「平和的にやろうとして」とのことですが、二十一か条要求(1915年)の方が(以前あげられた)南京事件(1927年)よりも前ですから、武力による威嚇(二十一か条要求)で中国の主権を侵害し、反日感情ををあおったのは日本側であると思います。「平和的にやろうとして」と言えるためには、二十一か条要求の撤回が必要でしょう。 > それでもあなたは理性的でいられますか? わかりません。しかし、実行犯以外に危害・損害を与えるならば、無差別虐殺の実行犯でない中国人にとっては、日本軍による加害は一方的な被害ですから、大多数の中国人にとって日本による侵略は一方的な侵略であったと言えると思います。 > >このことを日本側が実行していたならば、日本側にも正当性がある、と私も考えたでしょう。もちろん、「権益」の放棄、九か国条約の遵守という、侵略的行為を一切行わないことも、正当性がある、と考える前提条件です。 > まあ、無理な要求ばかりですから、こういう要求を出すこと自体が、非現実的で、空想的な理性、に基づいた話だと私は思いますね。 戦後の日本は、その「非現実的で、空想的な理性」を対外的には実行できていたと思います。戦後補償のような過去の問題の精算は不十分ですが、新たな侵略を開始したりはしませんでした。すくなくとも、イラク戦争で自衛隊を派遣したり、米兵の輸送をする前までは。 > 同じくらい厳格な正義を、中国側にも要求されたらいかがですか?。そんなことは、日本人はしませんでしたがね。 武力を背景とした権益の獲得・拡大という反日感情の原因となる行為を日本がしていた以上、当時の中国側に要求することはできないと考えています。全部「権益」を放棄して、はじめて要求できたのではないでしょうか。 もちろん、個人被害者が賠償を中国政府に求めることは正当な権利だと思います。 > > > 権益があるから侵略だ、という判断基準は、権益を罪悪視する独特の思想によるものでしょう。 > > その思想に普遍性があるからこそ、たてまえではあったかもしれませんが、不戦条約、九か国条約は正論であると認識されていたため、提案され、成立したのではないでしょうか? > 兼松さん、ある時は「帝国主義の法は、野獣・強盗の法だから、守る必要がない」と言いつつ、またあるときは、「当時の方は普遍的な思想に基づいていたのだ」では、ダブル・スタンダードですよ。 その「普遍的な思想」を常に基準にしていますので、ダブル・スタンダードではありません。 不戦条約、九か国条約は、「野獣・強盗の法」から戦後の国連の理念へ向かう動きの例として、わたしは肯定的に評価します。(九か国条約については、列強の既得「権益」の放棄がわずかしかないので、不十分でしたが、無いよりはましで、これを究極まで押しすすめたのがハル・ノートの内容だと思います。) > >(本音は、植民地分割のために武力で競争するのに疲れていた、などでしょう。) 武力による権益ではなく、経済力によって勝負しましょうという時代へ変わりつつあったのだと思います。 > 経済力によって勝負しましょう、という時代に変わっていたのなら、なんでナチスとか、あるいはアメリカのような超軍事国家が現れるのですか。ここの文、事実を反映していません。 すくなくとも(植民地になりうる最後の大きな地域)中国については、経済力で勝負しましょうというのが、門戸解放・機会均等ではないかと思います。 (他の植民地分割はほぼ完了していた。) ナチスの行動は帝国主義的植民地分割とは違うと思いますし、アメリカの軍事力が強大になったのは、アメリカの国力が強大になったことと、第二次大戦への対応、冷戦への対応のためだと思います。 > アメリカ人にしたって、あんなものを公表していたら、「これでは戦争になる!!」と、大騒ぎになったでしょう。「正当である」かどうかを決めるのは、兼松さんではありません。ルーズヴェルトは、「正当であるから」あのような要求をしたのではなく、「日本が守れっこない、非現実的な要求だから」、ハル・ノートを突き付けたのです。誰にとってあれが「正当」かというと、空想的な正義を信仰する者にとって、「正当」なのであり、事実はあれが更なる惨禍を人類にもたらした。あなたの主張する「正当」は、そんな類のものだと私は思います。 「空想的な正義」と評価されるということは、その思想に普遍性があるということですよね。 ハル・ノートの要求については、最終的には完全な履行を求めるにしても、履行するために十分な時間を日本に与えるべきだったと思います。たとえば、5か年計画を出し履行せよとか。 > > 「当の中国自身が、権益を理由に行動している」具体例を示していただけませんか? > 排日運動が、そうでしょう。日本を追い出せば、満州権益は国民党の手にはいるだろう、と。逆に問いますが、中国の活動は、「権益とは関係がない」、ことを示していただけませんか?。私から見れば、どんな行動もみな権益と関係があったと思いますよ。 上記の意味でなら、「権益とは関係がない」とは主張しません。 > 南京大虐殺をことさらにプロパガンダで言い立てて、日本の「侵略性」を強調しないと、自らの正義を維持できないような中国の立場には立てても、その「南京大虐殺」より余程非道な殺しが行われた満州のことについては、何だかんだ理屈を付けて、「それほど問題ではない」とする。寒気がしますよ。 わたしは、無差別殺人については、「それほど問題ではない」とはしません。 ところで、詳細が解明されていない部分があるのに「余程非道な殺しが行われた」と断言するのは、「驚くべき非人道的意見」や「寒気がしますよ」に該当しないのでしょうか? また、「満州の悲劇をことさらにプロパガンダで言い立てて」などと言われたら、「驚くべき非人道的意見」とおっしゃるのではりませんか? > > そして、東三省(満州)が国民政府に合流したのは、軍閥のリーダーの判断ではありますが、抗日意識を持つ住民の民意の影響も受けてのものと言って良いのではありませんか? > それで、日本に対して協力的だった満人、漢人を戦後に殺してしまうことも、正当なことだった、という話になるわけですね。 正当だったとは思いません。治安維持能力がないからやむをえずという場合を除き、わたしは常に死刑には反対です。現在までの刑事司法制度では冤罪の可能性をゼロにすることは不可能ですから、再審の道を閉ざすべきではありません。 > 何故そんなに、中共の立場にばかり立たれるのでしょうか? 東三省(満州)は漢人に侵略されたとは言えないが、日本は自国を中国に侵略されたわけでもないのに、海を超えて軍隊を派遣しているのであり、そのことが侵略であることはあきらかだからです。 > ですから、満州は漢人の土地ではないのですよ。漢人が流入したのは、日本軍部の満州開発に伴って、そうなったのです。労働力が必要ですからね。これは、「日本軍の侵略に伴う現象」として、否定はされないんですか? そういう面があっても、(*3)によれば、「清末,ロシアと日本の侵略が始まると一転して漢民族の移民を奨励し」ですから、漢人の旧満州への移住は満州族側公認の平和的なものであり、漢人は、旧満州の共同所有者たり得ると思います。 (*3) http://www.tabiken.com/history/doc/M/M344R100.HTM > > 他の列強がロシアの勢力拡大を許さなかったと思いますし、ロシアは弱体化していたのではないですか? > 日本への敵意は全く捨てていなかったこと、戦後五十年の歴史を見ても、明瞭でしょう。彼らが、兼松さんの言われるように、法を守りましたか?。守らないでしょう。守らない者が、実力で土地を占領した場合、どうやって追い出せばよいのですか?。他の列強は、そこまでしてロシアと満州で権益を争うことは望まなかったのが、現実の歴史ではないのですか。 しかし、日本が大陸に進出しなければ、日本がロシアの属国になっていた可能性が高いと言える説得力のある根拠はないと思います。(現代の知識と科学では、そのようなシミュレーションはできないでしょう。)だから、日本の大陸進出を自衛であるなどとは言えず、最初から(日清戦争から)侵略であったと評価するしかないと思います。 また、たとえば、北伐完了の頃に日本が「権益」を放棄すれば、国民政府の軍事力は向上していたし、放棄の条件として、国民政府と対ソ軍事同盟を結ぶことは可能だったのではないかと思います。 > 兼松さんの話は、日本に対して著しく不公平だと思います。日本に要求するのと同じレベルの正義と法を、中国を含めた全ての国に対して要求するのが道理でしょう。 わたしが公平ではないことは自覚しています。「全ての国に対して要求」するような能力はとても私にはありませんので、以下を優先しています。
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