| 34356 | 返信 | Re:「何もしない」対策の内容 | URL | 告天子 | 2005/04/17 00:07 | |
| > 告天子さん。こんばんは。投稿34333への返信です。 こんばんは。 > > 通州事件の責任者は、日本政府である、というのは無理がありすぎます。あまり、自説に固執する必要はないと思います。率直に行きましょう。 > > 通州事件の責任者は、第一に実行犯にあると思います。 それは間違いです。軍事行動ですから、兵士に指令を出していた司令塔があったはずです。私人の殺人事件と、軍事行動とを、兼松さんは混同している点、明らかに誤っています。 > で、監督責任や予防責任は国民党にはないのだから、冀東政権の「黒幕」の日本側(軍部や政府など)に監督責任や予防責任があることになると思います。 とんでもない話です。片や「実行犯に責任がある」と言いながら、襲われた側の、被害者側の日本に、事件の責任があるのだなど、倒錯も甚だしいです。何故、国民党に責任がない、と言えるのですか。日本兵が通州の日本人を襲ったのなら、「日本政府に責任がある」と言えます。この時点では、国民党は既に共産党と通じており、徹底的に抗日運動をやり抜く、その謀略は既に成立しており、停戦協定も何度も破っている。「戦争の拡大を防ごう」という意志は、もう彼らは持っていないのです。 そういう流れを無視して、「通州事件の責任は、日本政府にあり」という意見が出てくるという、これは驚くべき倒錯であります。兼松さんの説は、自分の主張のために様々な根拠を引っ張ってくる、という話であり、「真実を知ろうとして」のことではない。一見冷静に見えても、政治言論である、と考えます。 麻薬汚染の拡大があった、安い関税で中国経済が被害を受けた、そういう事実はあったでしょう。しかし、それが「虐殺を正当化したり、虐殺の責任が日本政府にあるという理由にはならない」です。兼松さんの常識では、「侵略を受けたのだから、虐殺をしても構わない」という見解だそうですが、何度も言ったとおり、文明を全面的に否定する、暴力的で野蛮な考え方であると、改めて指摘します。侵略を受け、被害を受けた側は、「絶対の正義」の立場に立つが故に、もはや何をしても許されるのだ、免責されるのだ、というような説は到底受け入れられません。 虐殺を正当化し、その責任を逆に被害者側に持たせるような説を冷静に説くあなたは、根本的に間違っています。 > 「正しい」という表現がピッタリかどうかは別として、ここは歩みよれない点です。 > 日本固有の領土でなく、かつ、先住民がいるところに、日本軍が入るならば、それは、地元民の大多数が(しぶしぶではない)同意をしているのでなければ、不当な権利侵害であり、不当なことを拒否するのは正しい、と考えます。 不当な権利侵害でしょうね。しかし、権利は常に絶対であるとは私は考えません。清朝は既に、ロシアに対抗する能力を失っていた。満州北部のロシア勢力への対抗、防衛は、日本が、日本人が血を流して行った。「権利がないから、ロシア人は出て行かなければならない」などと、兼松さんがいくら言っても、誰が聞きますか。少なくとも、ロシア人は聞かない。そして、あなたはロシア人には言わないという。そして、血を流して戦った日本人には言うという。それが、あなたの欺瞞です。そして、あなたの言う「正当さ」の、うつろさです。 とりあえず、弱い者、攻撃しやすい者を非難する、責任をぶつけるというやり方だと思います。 > 個人の間の契約でも銃を突きつけて印鑑を押させるのは不当なのだから、武力により「権益」を得、維持することは不当であるという考えにも普遍性があると思います。 個人の間の契約と、国家間の関係を混同していると思います。今、「銃を突き付けて、印鑑を押させようとしている」と言うなら、それはむしろ中国で、「普遍だ」というのなら、今の中国の行為をも責めるべきでしょうね。勿論、日本国にだけ「銃を突き付けた」のではないですよ。中国は、可憐な被害者などではないのです。 > 前述した通州でも旧満州でもそうですが、日本軍の武力による保護があってこそ、日本人居留民は優遇されて経済活動や農業ができたわけです。旧満州では、低価格で土地を強制買いあげされた現地人が日本人居留民の農作業などを行う使用人となった例があることを御存知だと思います。そういう意味で、日本人居留民など非軍人の活動も日本軍の武力侵略と一体であったと私は考えております。(中国人と結婚するなど、実質的にも中国人共同体の一員になった人の場合は別です。) では、その武力の保護がなくなったとき、容赦ない虐殺を、陵辱を繰り広げても、「日本人は侵略者なのだから、文句を言えた筋合いではない」、というのがあなたの言い分なのですね。居留民も、軍部と一体だから、軍人と同じく「戦争行為者」の兵士に他ならぬ、殺戮をするのは正当である、少なくとも罪は大分軽い、と。 あなたの意見は、明らかに国際法の精神に反しています。全く別のことを、あなたは言っています。民間人の殺戮を正当化するなど、単に「中国の政治主張を擁護する」ためだけのものであり、それこそ「普遍的な人道精神」に反するものです。 そして、一見するとまともな主張であるように見える分だけ、罪は重いのです。 > 「平和的にやろうとして」とのことですが、二十一か条要求(1915年)の方が(以前あげられた)南京事件(1927年)よりも前ですから、武力による威嚇(二十一か条要求)で中国の主権を侵害し、反日感情ををあおったのは日本側であると思います。「平和的にやろうとして」と言えるためには、二十一か条要求の撤回が必要でしょう。 二十一箇条要求が、「正当な要求」であるとは私も思えません。しかし、後の日本人虐殺を正当化する理由には、全くならないです。 要するに兼松さんは、何か日本に落ち度があったならば、日本人は殺されても文句は言えないです、と。その落ち度を、これでどうか、また次にこれはどうかと、パラパラと提示しているだけの繰り返しです・・・。 > 戦後の日本は、その「非現実的で、空想的な理性」を対外的には実行できていたと思います。 中国大陸と付き合わなくてもよかった、という好条件が訪れたからです。たまたま条件がよかったから実行出来ていただけで、空想的理性が、空想的でなかったというわけではありません。それが証拠に、大陸とつきあいを再開した途端に、またぞろ同じ轍です。中国の暴虐、日本はなすすべもなくオロオロ・・・。いずれ、死者まで出たときに、「過去に侵略していたのだから、当然だ」とでも言いますか?。 >戦後補償のような過去の問題の精算は不十分ですが、新たな侵略を開始したりはしませんでした。すくなくとも、イラク戦争で自衛隊を派遣したり、米兵の輸送をする前までは。 講和条約は既に締結済みですから、これをひっくり返すということは、「また戦争をするぞ」、ということでしかありません。兼松さんは、むしろ好戦的・侵略的な立場で、終始意見されていると思います。表面上、被害者の立場に立っているように見えますが。 > 武力を背景とした権益の獲得・拡大という反日感情の原因となる行為を日本がしていた以上、当時の中国側に要求することはできないと考えています。全部「権益」を放棄して、はじめて要求できたのではないでしょうか。 つまり、日本が全ての中国権益を放棄し、大陸の防衛のために流した血は流し損、中国は取るものだけ取って、犯して殺して、あとお前らは用済みだから、日本人は出て行け、と。いるんならお前らのしていることは、侵略だぞ、と。そういう話ではないのですか?。日本が「権益」を得たのは、それなりの・・・血の対価を支払って得たものですよ。それに、満州で防衛役を買うことなど、「権益」とは言いますが、日本にとっては、ありがたい話ではありませんね。 > もちろん、個人被害者が賠償を中国政府に求めることは正当な権利だと思います。 権利というのは、あると思ったからある、というような代物ではありません。あなたの意見は、やはり反文明的だと思います。無法の、暴力を支持する、混乱をますます深める意見です。 > その「普遍的な思想」を常に基準にしていますので、ダブル・スタンダードではありません。 いや、普遍的な思想ではなく、自己中心的で、自己の目的を達成するためならば虐殺をも許されるとするような、暴力的な思想です。だんだん分かってきました。 > すくなくとも(植民地になりうる最後の大きな地域)中国については、経済力で勝負しましょうというのが、門戸解放・機会均等ではないかと思います。 あれは、植民地戦争に出遅れたアメリカが、自分のところはモンロー主義で固めて、中国については解放だと、自分勝手なダブスタ要求を「普遍的な思想だ」みたいな調子で言ったまでの政治言論です。どこか似ていますね。 > ナチスの行動は帝国主義的植民地分割とは違うと思いますし、アメリカの軍事力が強大になったのは、アメリカの国力が強大になったことと、第二次大戦への対応、冷戦への対応のためだと思います。 じゃあ、世界は全然「これからは経済で勝負だ」みたいな話とは違っていたじゃないですか。 > >ルーズヴェルトは、「正当であるから」あのような要求をしたのではなく、「日本が守れっこない、非現実的な要求だから」、ハル・ノートを突き付けたのです。誰にとってあれが「正当」かというと、空想的な正義を信仰する者にとって、「正当」なのであり、事実はあれが更なる惨禍を人類にもたらした。あなたの主張する「正当」は、そんな類のものだと私は思います。 > > 「空想的な正義」と評価されるということは、その思想に普遍性があるということですよね。 空想と普遍性は全然違いますよ。非現実的な正義、といってもよいですが、率直に言えば、非現実な正義の適用を強行するとき、恐ろしい暴力が引き起こされる、最も正しいつもりでいて、最も愚かな結論を導き出してしまう・・・。そういうことなんじゃないんですか。 > ハル・ノートの要求については、最終的には完全な履行を求めるにしても、履行するために十分な時間を日本に与えるべきだったと思います。たとえば、5か年計画を出し履行せよとか。 5年も猶予期間をもらえたら、日本は喜んで飛びついたでしょうね。何としても和平が欲しかったのは日本なんですから。ただ、その和平を、「絶対に、させてやらぬ」と、厳しく決意していたのが・・・ルーズヴェルトであり、スターリンであり、スターリンの指揮下にある中国共産党であり、国共合作に至った国民党であり・・・。日本の「一方的な侵略」どころの話では、ないんですよ?。 少なくとも、兼松さんがハル・ノートの意味を全然理解していないことだけは、分かりました。やはり、「空想の正義」だと思います、あなたの意見は。 > > 南京大虐殺をことさらにプロパガンダで言い立てて、日本の「侵略性」を強調しないと、自らの正義を維持できないような中国の立場には立てても、その「南京大虐殺」より余程非道な殺しが行われた満州のことについては、何だかんだ理屈を付けて、「それほど問題ではない」とする。寒気がしますよ。 > > わたしは、無差別殺人については、「それほど問題ではない」とはしません。 なら、虐殺の罪は日本の侵略により、許されるのだというような意見は言うのはおかしいです。戦闘行為の結果の死ではなく、陵辱し、相手に屈辱を与えて、楽しんで殺すような殺人は、「無差別殺人」どころではない、人間として、絶対に許されないことです。普遍、というのなら、そういうことこそ、普遍の人間の信念であるべきと私は信じます。ところがあなたは、普遍の名の下に、そういう殺しを容認し、正当性を与えているのです。 > ところで、詳細が解明されていない部分があるのに「余程非道な殺しが行われた」と断言するのは、「驚くべき非人道的意見」や「寒気がしますよ」に該当しないのでしょうか? 非道な殺しがあったことを、あなたが知らないだけです。ご自分で調べてみてください。全員殺してしまえば、もう闇から闇ですから、知られずに終わったことなど、どれほどあるか分からないほどです既知のことについては、生き残った人の証言を、読むなり何なりしてください。 > また、「満州の悲劇をことさらにプロパガンダで言い立てて」などと言われたら、「驚くべき非人道的意見」とおっしゃるのではりませんか? プロパガンダではなく、事実なのですから、これまた兼松さん流の倒錯意見、として受け取られていただきますよ。あなたは、白いものを黒だといい、黒いものでも白だという。殺した者が、逆に「被害者」になってしまい、「何故責めるのだ」となりかねないですね。 > > それで、日本に対して協力的だった満人、漢人を戦後に殺してしまうことも、正当なことだった、という話になるわけですね。 > > 正当だったとは思いません。治安維持能力がないからやむをえずという場合を除き、わたしは常に死刑には反対です。現在までの刑事司法制度では冤罪の可能性をゼロにすることは不可能ですから、再審の道を閉ざすべきではありません。 死刑には反対で、どうして虐殺には賛成なのですか?。侵略されたと思ったら、外国人を虐殺しても、罪は軽いであろう、という反文明的な意見でありながら、死刑には反対とは驚きです。死刑に反対するなら、死刑に処されるような罪を犯すような者に、まず反対してください。犯罪的行為を正当化するような説を説きながら、死刑には反対だなど、到底賛成しかねます。 > > 何故そんなに、中共の立場にばかり立たれるのでしょうか? > > 東三省(満州)は漢人に侵略されたとは言えないが、日本は自国を中国に侵略されたわけでもないのに、海を超えて軍隊を派遣しているのであり、そのことが侵略であることはあきらかだからです。 ロシアと戦闘をするのに、大陸が舞台になるのは当然かと思いますが。中国が、ロシアを通さないでくれるんなら別でしょうがね。そういう条件が整ったとき、日本は大陸に出兵しないですむわけです。当時は、その条件がなかった。 > しかし、日本が大陸に進出しなければ、日本がロシアの属国になっていた可能性が高いと言える説得力のある根拠はないと思います。 日本が大陸に進出せずに、どうやってロシアと戦えばよかったのでしょうか。日本海沿岸にまで、ロシア陸軍が来るまで待っているのが礼儀です、とでも仰るのでしょうか。 >(現代の知識と科学では、そのようなシミュレーションはできないでしょう。) そんなシミュレーションなど、要しません。 >だから、日本の大陸進出を自衛であるなどとは言えず、最初から(日清戦争から)侵略であったと評価するしかないと思います。 最初からそう「評価」しないと、兼松さんの主張に理屈が付かないから、そういうのでしょう。 > また、たとえば、北伐完了の頃に日本が「権益」を放棄すれば、国民政府の軍事力は向上していたし、放棄の条件として、国民政府と対ソ軍事同盟を結ぶことは可能だったのではないかと思います。 残念ながら、最初に兼松さんとお話をしたきっかけになった、南京事件という日本人虐殺が起こったのが、ちょうど北伐完了の頃ですよ・・・。その後も、まだまだ日本人虐殺事件は続きます。どうして「権益を放棄」して、対ソ軍事同盟を結ぶことが「可能」でありましょうや。だから、「空想だ」、というのですよ。 あなたは、上のハル・ノートの件でもそうですが、「歴史」に対して、次から次へと「空想」をぶつけているんです。歴史事実の脈絡についての無知を、自分の正義の主張を通すために逆に利用している。こうだったかも知れない、ああも出来たじゃないかと、それは、事実を知ろうとする者の態度ではなく、言いがかりを付けて断罪しようとする者の態度でしかありません。 そして、断罪しようというのなら、少なくとも公平であるべきですが、あなたは・・・。 > わたしが公平ではないことは自覚しています。「全ての国に対して要求」するような能力はとても私にはありませんので、以下を優先しています。 >
> 自分は公平ではないことを自覚しつつ、なおかつ政治断罪発言を繰り返してきただけ、という話ですね。私は、侵略された側だからといって、何を無視しても構わないというような暴力的姿勢には共感できません。その不正には目をつぶり、ひたすら自国の不正を暴く・・・それどころか、同胞が大量に殺戮された満州の件まで、「プロパガンダではないのか」と逆質問するなど、あなたはもはや道を大きく踏み外していると思います。 |
||||||
![]() | ||||||