34384 返信 Re:兼松さんの二原則について。 URL 兼松真哉 2005/04/17 22:27
芥屋さん。はじめまして。

 勝手ながら、丸つき数字を(1)のように置きかえてしまいました。わたしのPCはWindowsでないので、テキストエディタにはりつけると化けてしまいます。(いわゆる機種依存文字なので。)
 質問に答えます。

> まず、兼松さんの二原則についてですが、

> (1) 侵略された側に立つこと。
> (2) 外国の不正よりも、母国が正義から外れているのを正そうと努力することを優先する。

> なぜ(1)と(2)を同時に兼ねられるのでしょうか。今回のケースで言えば(1)中国の側に立ち(2)母国である日本の不正義を糾す…となりますが、

 ちょっと違います。(2)がまぎわらしい表現だったので、誤解されたかと思います。
 (2') 外国の不正よりも、母国が正義から外れているのを正そうと努力することを優先する。
    過去を批判する場合についても、母国の不正を批判することを優先する。
 (2')を右にくどく述べます。侵略は不正の一種である。近現代(一応1945年まで)に中国を侵略した複数の国々の内、母国による侵略を批判することを優先する。
 以上です。

> そんなことは不可能でしょう。その点を考察してみます。

> (1) 中国人の側に立って当時の国難を考えるということは、「祖国に居座っている列強諸国の中、その一国である日本の不正義をこそ糾す」などという視点を生むことは許されません。そんな生半可なことではないと思います。

 「中国人の側に立って当時の国難を考える」ことなど、わたしの能力を超えていますので、できません。
 わたしの「侵略された側に立つこと」というのは、中国人が受けた被害が念頭にあります。そして、すくなくとも二十一か条要求の後は、日本による侵略のウエイトが列強の中で突出していったと言えると思います。(満蒙特殊権益と、それにともなう日本人居留民の人口の多さから。)

> (2) ...略... が、その場合の母国の不正義とは何か。何をもって不正義とするかと言えば、今件では「侵略」なのですが、しかし兼松さんにおいては(1)と(2)が相互基準になって循環論法になっているわけです。(1)の立場を取りたい動機の基準が(2)であり、かつ、(2)の基準は(1)になる。

 「(1)の立場を取りたい動機の基準が(2)で」はありません。日本が(ほとんど)関わっていない問題の場合は(2)については考えないのですから。(たとえばパレスチナ問題。首をつっこむのは控えていますが。)

> これは、中国が「侵略」だとしたことが日本の「不正」の基準になることを意味します。

 (勉強不足はともかく、) わたしは、ほとんど日本人著者による本を読んできました。(自虐史観と評されそうな人も含めて)日本人研究者による研究はいちおう日本独自のもので、中国人研究者の影響は小さいと思います。

> 早い話、もう答は先見的に決定されており、自分で自国の「不正」を突き詰めて考えているのではなく、他国の示すとおりに分析し史料を揃えているに過ぎません。 ... 略 ...

 その史料はすくなくとも嘘ではないわけです。
 何回か書きましたが、ほとんどすべての中国人民衆にとって日本による侵略は一方的なものだったと認識しています。よって、反日感情を原因とする日本人居留民に対する暴力や、国民政府による停戦協定違反を持ち出して、一方的な侵略ではない、経過を無視して断罪しているなどと主張されることに説得力を感じません。
 「突き詰めて考えているのか」、と言われれば、自信を持って、「そうです。」とは言えませんが。わたしは集中力も知力も乏しいものしか持っていないようなので。

> 自国の不正義をこそ糾したい、と言うのであれば、まず突き詰めなければならないのは、それは「日本の正義とは何か」であります。

 それに関する回答はすでに示したつもりです。列強のように侵略行為はしないのが正義である、ですね。ロシアの南下などを理由に二十一か条要求を正当化できるとは思いません。