34485 返信 憲法第49条「歳費」規定は国民主権の根幹。 URL 八木沢 2005/04/20 15:32

 inti-sol氏。

>だって、私は護憲派ですから^^別に皇室を廃止せよ、とは主張していません。ただし、条文として重い軽いがあることは否定できません。たとえば憲法には 第四十九条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。とか 第七十一条 前二条の場合には、内閣は、新たに内閣総理大臣が任命されるまで引き続きその職務を行ふ。 とか 第七十四条 法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。などの規定があります。これらの条文はそれぞれに重要なことです。重要なことではありますが、それが「国是」かというと、そりゃちょっとどうも、と思うわけです。国会議員は国庫から歳費を受けることが日本国の国是である!すると、日本国憲法は103条あるから、日本の国是も103あるのか?ちょっとそりゃ「国是」が乱立しすぎるだろう、と。

 憲法第49条は、国民主権を名実ともに具体的なものとして実現ならしめる肝の部分であるが、上記記述からはそれに対する理解は全く伺えない。 国会議員が「国庫」から「相当額の歳費を受ける」べきであることがなぜわざわざ一条を割いてまでして記述されているのかを、護憲派を自称する者といえども理解していないということに、「いわゆる護憲派」ではない我々は、この機会に注目しておかねばならない。護憲派を標榜しながら、「条文ごとに重い軽いがあることは否定できません」だの、特定の項目に対して「国民的な合意があるとは言えない」だの、大した根拠もなく言い放つ矛盾にすら気がつかない有様である。

 議会制度の初期、議員はその選出団体の代理人と考えられ、費用の弁償はその団体から受けていた。時代が進んで近代に入り、しかしまだ普通選挙制が進展する前の段階では、議員の職は有産階級の名誉職であり、基本的に無償であった。現在の日本の議会制度は、このふたつの慣習を否定するという前提の上に成り立っている。これは、特定の団体の後ろ盾をもとに当選してきてその団体の意向に基づいて行動する議員が現実には存在すること、議員に名誉職の意味合いが完全になくなっていない状態、と必ずしも矛盾はしない。憲法は国家の理念を宣言するものであって、悪しき現状を追認するものではないからである。またあえていうなら、団体なるものもまた民主制を推進する上で現実には不可欠に機能していることや、およそ議会制度をとる国でその構成員たる議員に「名誉」という表現かどうかは別にして無形の権威の裏付けがあることはむしろ肯定されるべきであることも、少なくとも国民全てがそれに関わることが出来るというルールさえあるのならば、必ずしも不当とはいえないとも言える。「国庫」から「相当額の歳費」を受けるという規定がもし憲法になければ、を考えればこの規定の重要性がよく分かるであろう。活動に対して歳費を受けることが出来なければ、私が(そしておそらくiniti-sol氏も)、議員になることは不可能である。誰でも選挙に出ていいのですよ、というルールがいくら形式上存在しても、実態がそれを裏付けるものとなっていない限り、絵に描いた餅である。

 それにしても、「天皇」や「平和主義」という大きな枠組み(基本原則や、それをもとにした章立て)とそれらの理念を具体化させる個別の「条文」を、区別もせず混同して論じていることがそもそもの間違いである。「日本の国是が103条もあれば、それは乱立し過ぎ」とのことだが、天皇という「国是」(この表現は適切とは思えないが)がそれほど重要なものでないと主張したいのなら、基本原則としての「国民主権」の枠組内か、せめて第49条もそこに含まれる第四章「国会」などとの比較で考えるべきであって、となると、inti-sol氏のいう「国是」は10分の1になる。編より章、章より節で相対的な重要度が下がるのは当たり前であって、このようなことを考慮せずに上記の如きガサツな論理で憲法が語られることは看過できない。

 昨年、民主党の古賀某の学歴詐称事件が話題になったが、むしろ学歴詐称そのものよりも、彼が自らの地位を確保する為に歳費を返上するとか寄附をするなどと言い出したところでこの輩の政治家としての資質に、私は疑問を抱いた。国会議員は歳費を受け取らねばならないこと、国会議員は寄附をしてはいけないこと、そしてそれはいかなる歴史的経緯によって到達した考えなのか、といった基本的な教養すら欠いた人間が、いったいどんな哲学に基づきどんな仕事を国会でするというのか。