| 34491 | 返信 | Re:兼松さんの二原則について。 | URL | 告天子 | 2005/04/21 00:15 | |
| > 兼松さん > わたしの書いた「侵略された側に立つ」は「中国人の側に立って当時の国難を考える」を意味していません。よって、「侵略された側に立つ」は、すくなくとも芥屋さんにとっては、誤解をまねく表現でした。この表現を以下のように限定します。 > (1') 侵略された側を支持・応援する。最低限、侵略した側の肩を持つようなことはしない。 > できれば、そのような行為について、見て見ぬふりをしない。 兼松さんにお尋ねしますが、侵略「された」側に立つのだというのであれば、日本がロシアに侵略されそうになった日露戦争については、日本の側に立つことはしないのですか? また、朝鮮は清国から、随分とひどい扱いを受け続けたからこそ、「むしろ、日本と組んで、同じアジア人として西洋や、清国の圧政と戦おう」とした東学党の乱に対する李朝の姿勢は、「弱者への侵略」ではないのですか。 「最低限、侵略した側への肩を持たない」と言うことですが、それは実は、反日の言い訳であって、本当にそれが兼松さんの信念であれば、「敵」は日本国のみならず、清国もそうであり、李朝もそうであり、いや、何よりも、現代の中国共産党こそ、「侵略者」として非難されるべき再筆頭である、ということにはなりはしないのですか。 あなたは「日清戦争以後の、大陸の日本の戦争は、全て侵略戦争である」みたいな位置づけをしていますが、ならば、ロシアは日本、そしてアジアに対する侵略者ではなかったのですか。日本は、そのロシアの侵略に対する、解放者ではなかったのですか。中国が、ロシアと戦うために、アジアを開放する同盟者として、日本と共に血を流しましたか。李朝はどうですか。むしろ、ロシアと結んで、アジア人民を抑圧するような政治をしたのではなかったのですか。それは「侵略」への手助けではなかったのですか。どうなんですか、兼松さん。 |
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