| 34511 | 返信 | 暴力を肯定してはいけない | URL | 小林 哲夫 | 2005/04/21 19:47 | |
| リーさん こんにちは リーさんの考えを読みましたが、「デモの暴力部分だけを取り出して考えてはいけない」という主張はすなわち、デモ全体を暴力デモと区別つけない考えであり、それではあのデモを暴動と見なす考えになります。 リーさん自身が「あれは暴動であった、暴動でどこが悪い」と開き直っていると言うことになります。 「60年前の殺人に対して、今日本人を殺すのは正当防衛」という論理を展開していますが、これは正当防衛の誤解です。 正当防衛は、暴力を受けている時、その時にだけ有効な、弁解であって、時間が経ってしまったら、それは「復讐」と言う概念に他なりません。 60年前の殺人に復讐するために、同じ民族の関係のない人を殺すことを許す論理は、現在の文明世界のどこにもありません。 リーさんはこの復讐を、60年前に殺された人の親族の復讐と表現していますが、これもとんでもないこじつけです。 今回デモをした人々の親族が殺されたその恨み、というような直接の関係を作り出すのは、こじつけです。 現在20歳の学生の親は40歳、祖父さんは60歳、曾祖父さんは80歳、と仮定するならば、戦争の時に20歳だったひとが殺されたと仮定して、学生にとっては曾祖父さんに該当します。 曾祖父さんが殺されたことをお祖父さんが恨み、その恨みを父親に伝え、父親はデモをした子供に伝えた、つまり恨みを三代に伝えたという仮定になります。 そういう昔の恨みを今も持っている人のデモだというのは、無理があります。 中国人は私には想像もできない、執念深い民族なのでしょうか? こんな見え透いた、こじ付けで暴力を肯定するのは、大変見苦しいことです。 私の理解では、デモをした人々は、学校で過去の日本の侵略を学んで、深い屈辱感を持ったのが原因だと想像します。リーさんもその一人だと思いますが如何でしょうか? 過去の侵略を怒る中国の人の気持ちは、自然な感情だと私は認めますが、それはあくまでも過去の歴史だと思います。 それを昔の侵略の時には生まれてもいなかった今の日本人に復讐すると言うのは筋が通りません。 昔殺人を犯した犯人が今、「現在は殺していない」と開き直っているのではありません。 殺人をした犯人の大部分はもう既に生きていません。 それを殺人は現在進行形などというのは、ひどい言いがかりです。 こんな非論理的なことを言って、日本人全体を敵にまわすような発言をするリーさんの良識を疑います。 過去の侵略は私にとっては歴史認識の問題として、重要な課題ではありますが、私自身の犯罪の問題でないことは当たり前のことです。 歴史認識において、日本人に間違いがあることを私は認め、それはなんとか改善しなければならないと考えます。 最近の日本人の歴史認識のあり方に中国人を怒らせる変化があり、私を含めて日本人は反省すべきだと思っています。 だから今回のデモをする人の気持ちは、理解できます。 この気持ちを非難しているのではないことを、ご留意下さい。 なお暴力デモを肯定するリーさんは、デモといえば必ず暴力的になるものだと言う先入観にとらわれているように見えます。 過去の日本のデモで、デモ側が市民を殺したことなどありません。 デモが暴動のようになったことは、共産主義者によるデモ以外にはありません。 共産主義というのは、暴力を肯定する思想ですから、戦後間もなくのデモはしばしば暴動になりましたが、それ以外のデモは全く暴力の恐れがないのが日本のデモです。だから私は共産主義に反対の考えです。 リーさんには、デモに関する先入観を改めて欲しいものです。 リーさんは今回のデモの暴力は結果的に死者を出していないから結果オーライだと簡単に片付けていますが、幸いにも死者が出なかった、と表現すべきで、あれほど多量の石を投げつければ、死者が出ても不思議は無かったと思います。 リーさんは死者が出たら初めて、悪かったと認識するのでしょうか? それとも死者が出ても、あくまでもデモは正しい、と言い張るのでしょうか? |
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